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コントロールできない結果ではなく、強さを求めて祈ろう

コントロールできない結果ではなく、強さを求めて祈ろう
Image: Thomas/Flickr

米Lifehackerが人生の役に立つ言葉を紹介するシリーズ「Mid-Week Meditations」へようこそ。ストイックな知恵を探求しそれを使って自らを省みて、人生を好転させましょう。

今回ご紹介するのは、ストア派の哲学者マルクス・アウレリウスの言葉です。『自省録』のなかで、アウレリウスは、起きて欲しい結果を求めて神に祈るのをやめ、別の角度から問題に取り組むことを提案しています。

ある人はこう祈る。「あの女と一緒に寝ることができますように」と。ところが君はこう祈るのだ、「あの女と一緒に寝る欲望を持たないことができますように」と。

他の者は祈る。「あの人間を厄介払いできますように」と。ところが君は「厄介払いする必要を感じないことができますように」と祈るのだ。

もう一人の人間は祈る。「どうか私の子供を失うことのないように」と。ところが君は「失うことを恐れずにいることができますように」と祈るのだ。

要するに君の祈りにこういう傾向を与えて、どんなことになるか見ているがいい。


自省録』神谷恵美子訳、岩波文庫

Meditations, 9.40

別の翻訳では:

祈りの仕方を変えて、どうなるかを試してください。「あの女と寝る方法」を尋ねるかわりに、「あの女と寝る欲望を止める方法」を尋ねます。

あの人間を厄介払いする方法」を尋ねるのではなく「あの人間の消滅を渇望しないでいられる方法」を尋ねてください。

子どもを失わないようにする方法」のかわりに、「子どもを失う恐怖を取り除く方法」を尋ねるのです。

その意味するもの

人生に何らかの結果がもたらされることを祈るかわりに、そうした欲望、怒り、羨望、恐怖から自由になることを祈るようにすれば、これから先、どんなことが起きようとも自分の力で対処できるようになります。人生で起きる問題の多くは、自分ではコントロールできないことです。コントロールできない結果について、神頼みするのはやめ、コントロールできることにフォーカスし、自分の人生に責任をもってください。

そこから学べるもの

祈るのが神ではないとしても、私たちはみな、何かしらの形で特定の結果がもたらされることを祈っています。困ったことが起きると、「どうか…でありますように」と心のなかでつぶやくのです。しかしアウレリウスは、神にであれなんであれ、もし祈るのだとしたら、自分の力でどうにかなる事柄こそを求めて祈るべきなのだと考えていました。アウレリウスはこう言っています。

しかしもしかすると君はいうかもしれない。「神々は、こういうことは私自身の力でどうにでもなるようにしたんだ」と。

それならば、君の力でどうにでもなる事柄を自由な人間らしく利用するほうが、奴隷のように、また卑しい者のように、君の力にない事柄を望むよりもよいではないか。

強さ、レジリエンス、人生の荒波を乗り越えて進む力をくださいと祈れば、神に頼るのと同じぐらい自分自身に頼ることになります(”要するに君の祈りにこういう傾向を与えて、どんなことになるか見ているがいい”)。

あなたの祈りは、受動的なものから、能動的なものに変化します。自分の願いを自分で叶える方法を考え始めることになるのです。ですので、良い人生をくださいと祈らないでください。かわりに、「人生を良いものにする意志力をください」と祈りましょう。

Image: Thomas/Flickr

Source: Amazon

Patrick Allan - Lifehacker US[原文

訳:伊藤貴之

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