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アムステルダム在住の日本人カメラマンが、東日本大震災を契機に改めて見つめた「日本」

アムステルダム在住の日本人カメラマンが、東日本大震災を契機に改めて見つめた「日本」
Photo: 印南敦史

日本の本日』(小野博著、orangoro)の著者は、オランダ・アムステルダム在住の写真家。これまでに世界50ヶ国を巡ってきた実績の持ち主ですが、タイトルからもわかるとおり、最新刊である本書で焦点を当てているのは「日本」です。

まず印象的なのは、かつての日本での日々を「とてもつらいもの」だったと記していること。そのころは仕事に追われ、クタクタになるまで働いても金銭的には余裕がなく、出口を見いだすことができなかったというのです。そんな経験があったからこそ、オランダ移住後も、日本のことを考えることはほとんどなかったのだとか。ただし、そんな気持ちが東日本大地震によって大きく変わったことを認めてもいます。

震災というモンスターによって、それまで隠れていた日本の本当の姿が現れました。それは進むべき道を見失い、空回りしている日本でした。僕はそんな日本と向き合うことに決めました。 以来、日本中を旅行するようになりました。好きだった頃の日本、息苦しかった頃の日本、変わらない日本、変わってしまった日本、繁栄する日本、衰退する日本、被災地から見た日本、ありふれた日常を通して見た日本。僕の見たいくつもの光景を1冊にまとめたのがこの本です。

(「はじめに」より)

p142-143

僕の生まれた岡山の村は、ナウシカの「風の谷」のようなところだった。

近隣の自治体は、瀬戸内工業地帯の拡大によって他県から人が流入し、さらにベビーブームによる人口増加に伴って、急速に都市化していったが、僕の村は違った。奈良時代に全国で建てられた五重塔が残っており、その周辺の景観を守るために景観保護条例ができた。以来、土地の売り買いが制限され、人口の流入がほとんどなかった。

だから小学校には、数種類の苗字の生徒しかいなかった。村人のほとんどが、江戸時代にこの村にあった小さな城に仕えた武士の末裔だからである。江戸時代から自分が小学生だった一九八〇年代まで、ほとんど人の出入りがなかったというのは驚異的だ。(7ページより)

そのような環境に生まれ育った著者は、バブル期に修学旅行で訪れた東京にカルチャーショックを覚え、実態のなさに失望もし、大学時代には阪神淡路大震災に衝撃を受け、就職してからは限界を感じることになります。

残業なしでは到底処理できない仕事量を任され、予算がないからという理由で人手が増やされることはなく、納期だけは必ず守るように言われる。日本人の誠実さ、忍耐強さが、不景気による経営不振の埋め合わせに利用されていた。

電車に揺られながら、「あと四〇年、こんなこと続けられるだろうか?」と自分に問いかけてみる。その答えは、「無理」だった。僕は、仕事は単に収入を得る手段だと思っていたが、この国においては人生そのものである。「仕事=人生」の多数派に囲まれて生きていくことが、とてつもなく不幸に思えた。

社会はゆっくりと変わっていくかもしれないけど、そうなる前に僕はきっと破綻するだろう。だったら、この国を出なくてはいけないと思い始めた。

ある日、自分の乗っている電車が、駅の手前でガクンと急停車をした。どよめきが起こったあと、車内にアナウンスが流れた。

「駅構内において人身事故が起こりました関係で、急停車しております。こちらの方に情報が入りましたら、その都度ご連絡させていただきます。また列車が遅れまして、大変ご迷惑をお掛けしております」

その声を合図に、乗客は一斉に携帯電話を取り出し、連絡を取り始めた。

どこかの誰かが破綻した。

(46ページより)

p136-7

世界は今、新自由主義によって大きく変化している。国家の枠を超えて競争が激化し、強いものだけが生き残れる世の中になってしまった。

そんな状況の中で、社会から寛容さが急速に失われつつある。寛容な社会とは、さまざまな人々がいることを当たり前の事実として受容し、共に生きてゆく社会のことだ。

それが今はどうだろう。競争力のある会社に正規雇用され、そこそこの給料を貰い、心身ともに健康で、子供や家族のことで会社や社会に一切迷惑をかけない人のみが「普通」と呼ばれ、そうでなければ後ろめたさを感じるようになってしまった。(152ページより)

p104

震災はモンスターだ。人々の生活を、無慈悲に、完膚なきまでに破壊した。(中略)

東日本大地震によって、実際の被災者ばかりではなく、多くの日本人が心に傷を負った。あの日の地震と津波は、日本人にとって、人生で最も衝撃的な出来事の一つに違いない。被災地から遠く離れたオランダにいた僕ですらも、しばらく何も手につかなくなり、震災のことばかり考えていた。

あれから時は経ち、メディアから震災のニュースはすっかり姿を消した。震災のことを思い出すこともなく過ごしていたある日、突然フラッシュバックのように、震災の光景が目の前に現れた瞬間があった。僕は、あの日のことを忘れたのではなく、処理しきれなかった気持ちを、心の奥底に放り込んでいるだけだったのだ。

その日から僕は、年に一回は被災地を訪れることに決めた。震災というモンスターのやったことだ。訪れたからといって何かが分かるわけではない。でも被災地にいる間、あの日起こったことを思い出し、亡くなられた人々を悼むことは、僕にとってとても大切なことなのだ。(159ページより)


p138-139

本書をご紹介するにあたり、多くの言葉は必要ないように感じています。それよりも大切なのは、ひとりひとりが自身の感性でこれを受け止めることであるはずだから。




『日本の本日』という回文のようなタイトルにしたのは、どのページを開いても日本のことが載っている本にしたかったからなのだそうです。そして読んでみれば、その目的が理想的なかたちで実現されていることを実感できるでしょう。日本について改めて考えてみるためにも、ぜひ手にとっていただきたい1冊です。

Photo: 印南敦史

印南敦史

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