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“羊飼い”と小説家を両立。河﨑秋子さんに聞く「兼業作家」という生き方

author 長谷川賢人
“羊飼い”と小説家を両立。河﨑秋子さんに聞く「兼業作家」という生き方
Photo: 開發祐介

“嗚咽が積もった雪へと滲みた。”

小説の書き出しには記憶に残るものがいくつもある。その一文で、作品の進路や空気をピシリと見せる強い言葉。この、凄みをまとう書き出しから始まる『颶風の王』(ぐふうのおう)で、小説家の河﨑秋子さんは鮮烈にデビューしました。

馬と運命を共にした、明治から平成にかけての6世代の歩みを描いた本作。北海道出身の作家であり、代表作『氷点』を持つ三浦綾子にちなんだ「三浦綾子文学賞」を得て注目され、角川書店から刊行されると各メディアから賞賛を浴びました。読者の肉体に訴えかけてくるような力強い筆致、骨の太いストーリー、文章から漂う土の香り…後にJRA賞馬事文化賞も得るほどでしたが、ここで注目されたのは作品だけではありません。

河﨑秋子さんの職業は「羊飼い」。大学の経済学部を卒業後、ニュージーランドで緬羊(=めんよう。家畜、特に毛用としての羊を指す)の飼育技術を学んで帰国。現在も北海道で、家業である酪農と共に、緬羊の飼育と出荷にも励みます。一日の仕事を終えた夜、小説家としての執筆活動を開始。その暮らしぶりに、ある人は作品への影響を思い、ある人は働き方への興味を抱きました。

今回、ライフハッカーでは特に後者に注目。羊飼いでありながら作家でもある「兼業作家」としての河﨑秋子さんにインタビューする機会を得ました。そして、角川書店から10月に刊行された書き下ろし新作『肉弾』についても伺います。

河﨑秋子(かわさき・あきこ)

羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊を飼育・出荷。2012年「東陬遺事」で北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。2014年に三浦綾子文学賞を受賞した『颶風の王』を15年KADOKAWAより単行本として刊行。同書で2015年度JRA賞馬事文学賞を受賞した。KADOKAWAが運営する文芸情報サイト「カドブン」にて、日々の羊飼いとしての暮らしを綴ったコラム「河﨑秋子の羊飼い日記」を連載中。

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羊飼いならひとりでもできる。環境を変えられる余地があった

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Photo: 開發祐介

── 率直に聞くと、羊飼いになったきっかけは何だったのでしょうか。ご出身の北海学園大学には畜産科や農業科がありませんよね。

大学生の頃に先生が国産羊肉のバーベキューをおごってくれて、とてもおいしかったんです。「これを自分で生産できたら面白いな」と思いましたし、緬羊であれば新たな可能性も模索できそうでした。

家業で酪農をやっていますから、牛の飼い方や作ったものの売り方などの仕組みがすでに固まってきているのを間近で見てきました。どこかマニュアル的な環境に「遊びや余白はない」と感じていたんです。でも、当時緬羊に関しては飼い方ひとつとっても試行錯誤している過渡期でしたから、「自分でも環境を変えられるかもしれない」と魅力を感じたんですね。

それから、家畜のサイズとして女ひとりでもできる。基本的に酪農には大資本が必要で、事業としても家族経営か従業員込みできっちり法人化するのがベストだと考えていますが、調べてみると緬羊の飼育なら私だけでも携われる余地があるとわかりました。実際に、オホーツクのほうで女性1人で羊飼いをしている方もいます。

── それでニュージーランドへ留学されたのですね。

海外の本場で緬羊のことを勉強してみたいとは思っていました。そもそも日本国内に羊飼いがすごく少ないですから。とはいえ、留学というよりはワーキングホリデーを利用して、住み込みで農家の邪魔をしに行ったようなものです(笑)。

帰国後には半年ほど、北海道で羊飼いの勉強を進めました。帯広畜産大学で「シープクラブ」という研究会が以前からあって、緬羊を商売にできるくらいの技術と品質の向上、世間への普及を進めた方たちもいたおかげで、現在北海道内でも専業の羊飼いは10人ほどでしょうか。兼業ならば50人ぐらいですかね。とはいえ、国産緬羊の流通量は現在も鯨より少ないと言われているんですね。国産の羊肉はまだまだ希少ですが、近隣の人や卸先のレストランからも評判が良く、嬉しいです。

朝5時から20時まで酪農と緬羊、執筆は夜に3時間

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羊飼いとして緬羊の飼育を行う河﨑さん
Image: 河﨑秋子

── よくある一日の流れを教えてください。

朝はだいたい5時に起きて酪農の作業に入ります。3時間ほど作業する合間に、羊の餌やりと世話。8時か9時ごろには農作業や家事に移ります。ときどき休息をとりながら日中の仕事をこなして、夕方の3時くらいからまた牛舎と羊の仕事。夜の19時から20時くらいに終えます。

食事をとって一息つき、執筆には21時に入れれば良いほうだと思いますね。そこから体力が持てば3時間ほど書きます。意識的に、日中には体力と精神力を使いすぎないように、夜への余力を持っておこうとはしています。

── 生活サイクルを変えないということも含めて、体力と共に精神力も非常にタフな印象を受けます。昔から得意なことでしたか。

家業の酪農を手伝わされてきましたから、それが普通という感じです。まぁ、餌を1日やり忘れれば牛は普通に死にますので。生き物相手の仕事ですからね。

── 河﨑さんは羊飼い兼作家の「どちらも本業」だと思いますが、世の中としてもソフトバンクやDeNAが副業を解禁するなどの動きを見せています。河﨑さんから見て「兼業のメリット」はどんなところにあると考えますか。

車輪は1個よりも2個あったほうが安定して進めますよね。車輪が1個だと高速走行を続けないと倒れてしまうじゃないですか。でも、車輪が2個なら、片方の動きが緩んで進路が斜めになっても、とりあえずは進める。

── なるほど、乗り物に例えるのはわかりやすい。さしずめ副業はバイクでいうサイドカーでしょうか。自分が「どんな乗り物でありたいか」をイメージするのはいいですね。

前進しようと思えば、うまく両輪のバランスを取ろうと勝手に調整するものです。前が駆動して後ろがついていくように、車輪の位置が前後でもいい。一輪車よりはそのほうがきっと走りやすいはずです。現代は走る道そのものが劣化していますものね。

── 経済成長の勢いに乗る頃は一輪車でも高速走行できたけれど、今は走ることさえ難しいというか……逆に「兼業のデメリット」があるとしたら何だと思いますか?

エネルギーが必要です。両軸をきちんと回そうとするなら、車輪1個より軸の安定感も強度も必要。だから私も心身のバランスにはすごく気を遣っています。その一貫として、文章を書き始めた頃にジョギングをするようにもなりました

── 日中の酪農に加えて、さらに運動を!

毎日ではありませんよ。日中に、時間と体力に余裕のある時だけ。結果的に週1〜2回くらいでしょうか。健康管理もありますが、やはり家族経営で酪農をしていると、どうしても世界が狭いものですから、ひとりになりたい時もあるんです(笑)。

── 「走る小説家」といえば村上春樹さんが思い浮かびます。

そうですね。具体的にどういう影響が出ているのかを検証したわけではないですが、文章から余計な脂が落ちるような気がします。無駄な修飾がなくなるというか…。なるべく肉体的に、読んだ人の五感に訴えられるような文章を心がけています。

── どういう心がけがあれば「五感に訴える文章」になるとお考えですか。

ひとつは、自分が受けた痛みをきちんと想像することでしょうか。私は幸いに動物と接触して怪我をするのが日常なので。牛に蹴られたりとか。今は痛いけど、いつか飯の種にしてやる!って(笑)。

そういう意味では、小説って、無駄になるかもしれない人生経験をうまく活かせる良いツールですよね。「あれだけ苦労した、あれだけ恥をかいた、けれどもその後で生かしてやる」という体験があるほどに、車輪が駆動できる。小説は理想的な車輪のひとつなんだと思います。

── 河﨑さんにお話を伺うと、何かの事象や感情に出会った時、それをいかに強くイメージするかがとても大事だと思えます

自分に納得させやすいようにイメージしている、という感じですね。思い込みって大事だと思うんですよ。新刊の『肉弾』もそうですが、精神の無茶苦茶な「やろう」という気持ちで肉体を引っ張っていくこともあれば、その逆もあると思うので。

新作『肉弾』にあふれる生命力、その源泉とは

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“主人公の貴美也は大学休学中のニート。豪放な父親に反発しながらも庇護下から抜け出せずにいる。そんな彼を父親は北海道での狩猟に連れ出す。やがて父親は貴美也を伴い、カルデラ地帯の奥深くに分け入って熊を仕留めようと画策する。突然現れた熊に腹を裂かれて死ぬ父親、ひとり取り残された貴美也は逃げ続ける。貴美也はそこで、人間に捨てられ野犬化した「元飼い犬」の群れに出会う──。人間、犬、熊の三すくみとなり、命を賭して生き延びようとする。そして、貴美也は覚醒する。”

── まさにその「無茶苦茶」によって、『肉弾』の後半では主人公の貴美也が、熊に対してとても動物的な攻撃を繰り出しますね。犬歯が折れるほどに噛む、という。

手持ちの武器が何もないなかで一矢報いようと思ったら…噛むよな、と(笑)。ただ、昔の人も噛み付いてこそいませんが近しい話はあるんです。

掘っ立て小屋に住んでいた80歳ほどのおばあちゃんが、用事があって外に出たら目の前に熊がいた。ばあちゃんはとっさに熊の懐にむしゃぶりついたそうです。とりあえず懐に入れば内蔵はやられませんからね。それで家の中のじいさんに向かって「熊だー!銃持ってこいやー!」って叫んで、無事に追っ払ったんだとか。

こんな話を「そんなこともあったね」なんてサラッと言うんですよ…それに限らず、史実や昔の話を見聞きすると、熊にまつわるエピソードは数多く出てきます。今回の作品としても熊の話をきっちり書きたいという思いがありました。

── その思いはどうして生まれたのでしょうか。

ジョギング中に熊を見たこともありますが、遭遇すれば死ぬ確率が発生するわけです。その怖さを書いてみたいという思いは以前からありました。もう一つには、今まで読んできた昔話でも、熊は一番の恐怖対象として描かれるんです。飢饉や事故といった不幸に北海道を開拓した人たちは見舞われているのですが、最もどうしようもなくて気持ちのやり場もないのが熊。圧倒的恐怖ですよね。

── 他にも、ふだんは目にできないようなことでもイメージが湧いてくる、有り体に言うと「リアルだ」と思える文章が数多く出てきます。実際に見ることができないものは、どのように書きましたか。

今回に限って言えば情報を仕入れるのと、体験からくる想像との半々ですね。狩猟は熊撃ちを死ぬ覚悟でやっていた人たちの話を見聞きしましたし、私はふだんから酪農や緬羊を通じた生死の現場にもいます。羊が難産なら腹に手を入れて、子どもを引っ張り出すことだってありますから。

── その体験の一つひとつが生命力のある文章を生むのでしょうね。動物側からの視点も今作では描かれていますが、そこは想像が難しいのではないでしょうか。

難しかったですね。ただ、貴美也の視点だけにしてしまうと冒険譚になってしまう。人間、犬、熊が三者三様の平等な立場での殺し合うという「三すくみの構図」は、最初から決めていました。

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Photo: 開發祐介

── 犬たちもオオカミの血を引くハスキーから、ずっと室内で飼われていたチワワまで群れになっていて、さながら戦隊モノのようでした。

エンターテインメントとして大型犬から小型犬までいるという「類型化」を意識したのはありました。チワワ、今作ではとても人気なのですが(笑)、そもそも結構怖いですからね。捨てられたチワワが集団になって人間を襲うという話も実際にあるそうです。小さなチワワであっても敵意を向けて噛み付きそうになっていたら、怖いでしょう? その怖さは熊の場合も同じだと思うんですよ。死に物狂いで来たら、やっぱり嫌だろうと。

── 犬たちが捨てられていく様を含めて、かつて人間のしたことが巡って熊の凶暴化や生態系の破壊を招いているというエピソードも考えさせられるものがありました。特にピレネー犬が捨てられるシーンは、匿名のネット交流サイトに「住宅街で吠える犬がいて非常識。学校も近く、万が一のことがあったらどうするつもりだ」と流された一文をきっかけに、尾ひれがついて飼い主の「ネガティブな結論」に結びついてしまう。

あのシーンは私自身がネットを使っていなければ書けませんでした。ネットの人も、おそらく悪意は無いんです。悪意は無いんですが正義面をすることによって、少なくともあの犬は捨てられてしまった。

春先の転勤時期に多いのですが、犬が置いていかれ野犬化して、群れになって畑や弱った子牛を襲うこともあります。役場や公的機関に告げて駆除してもらいますが…かわいそうですけど、こちらも酪農家ですからね。

── ネットの空気感も取り込み、まさに強度のある作品に仕上がっていると感じます。ピレネー犬はともするとネットのネガティブな面を反映したシーンかもしれませんが、河﨑さんにとってネットがポジティブに、魅力的に映ることもありますか?

魅力的ですよ。ネットがなければ地方では書き続けられないな、というふうに思いました。やはり情報の収集がちがう。地元の図書館で資料を取り寄せるのにも限界があります。ネットによって具体的な情報とか、その情報を知っている人にすぐアクセスできるという選択肢が生まれますし、ツールとしても自由度が高い。

それこそ北海道在住の作家に話を聞くと、昔は編集者と連絡を取るにも電話代を何万円と使いながらということがあったそうです。「北海道民が作家になろうと思ったら東京に出なければいけない」ともいわれていました。

でも、むしろ今は「北海道にいてください」と編集者に言われます。その場所の強みや固有性があるからです。そういった意味も含めて、やはりインターネットは不可欠だなと思います。もし、北海道でどこかへ移住することがあっても、ネット環境のないところには行きたくないですものね。



Photo: 開發祐介

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