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潜りが苦手だった『海猿』が、国際緊急援助隊として世界で活躍するまでの日々

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潜りが苦手だった『海猿』が、国際緊急援助隊として世界で活躍するまでの日々
Image: Mugendai(無限大)

海難事故の現場で八面六臂の活躍をみせる、特殊救難隊。今や『海猿』という別名のほうが有名かもしれません。

その正義感や行動から、老若男女を問わず憧れの対象となる存在ですが、当然ながら実際の現場は想像を絶する過酷さのようです。

IBMのWebメディアMugendai(無限大)で、「元海猿」である海上保安庁警備救難部稲葉健人さんへのロングインタビューが掲載されていました。

幼い頃のテレビ番組に影響。潜りが得意でないまま潜水士の道に

いわゆる『海猿』の愛称で漫画が描かれ、ドラマ化や映画化がされたのは、海上保安庁の潜水士の中でも特に選抜された「特殊救難隊員」という肩書の方々。全国に150人ほどいる潜水士から選ばれるのはわずか36人という、選りすぐりの精鋭部隊です。

元々、潜水士になったきっかけは、幼い頃に見たドキュメンタリー番組の影響だと話す稲葉さん。インタビューでは「大人になったら何か人のために働きたいという気持ちが、どこかにあったと思います」と語っていますが、それを本当に実現してしまうのがすごいですよね。

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Image: 海上保安庁 via Mugendai(無限大)

しかし、今でこそ『海猿』の影響で希望者が大幅に増えた潜水士ですが、稲葉さんが入所した頃は、なんと泳げない人もいたとか。何を隠そう稲葉さん本人も最初は潜ることが得意だったわけではなく、水中で苦しみのあまり失禁しかけたこともあったそうです。

初めて遺体を発見した日。甘かった自分の目を覚ました先輩からの一言とは

特殊救難隊を卒業し、今ではアフリカなどで国際緊急援助隊の一員として活躍する稲葉さんも、新人の頃は未熟だったと語ります。特に忘れられないのは、初めて遺体を発見した時のこと。思わず「見つけてしまった」とぎょっとしてしまった稲葉さんでしたが、先輩から「我々の仕事は、ご遺体であろうと生体であろうと、行方不明者を家族の元に戻してあげることだ」と諭され、自らの仕事に対する考えの甘さに気づいたのだそうです。

潜りが苦手だった「海猿」が、国際緊急援助隊として世界で活躍するまでの日々
Image: 海上保安庁 via Mugendai(無限大)

その後も数々の経験を積んでいく稲葉さん。Mugendai(無限大)では、沈没船であやうく命を落としかけた最大のピンチや、アルジェリア大地震の援助で経験した救難の考え方の違いなど、興味深い話が盛りだくさん。ぜひ続きをお楽しみください。


Image: Mugendai(無限大)

Source: Mugendai(無限大)

渡邊徹則

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