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「論理コトバ」を使って学びなおしをすれば、数学についての苦手意識が減っていくかも

「論理コトバ」を使って学びなおしをすれば、数学についての苦手意識が減っていくかも

数学の本質は、コトバにあります。

数学とはコトバの学問であるというのが、「数学とは何か」に対する私の答えです。計算が上手になるための学問ではありません。

・数学は人生を変えるためのもの

・数学はものごとの構造をつかむためのもの

・数学は納得をつくるためのもの

・数学は簡潔にわかりやすく伝えるためのもの

ひとつでも違和感を覚える1行があったなら、その違和感を大切にしてください。

(「はじめに」より)

こう記すのは、『「伝わらない」がなくなる 数学的に考える力をつける本』(深沢真太郎著、講談社)の著者。「ビジネス数学」の専門家として、数学をビジネスパーソンの人材育成に活用している教育コンサルタントです。しかし本人の表現を借りるなら、人に数学を教えているのではなく、人を数学的にしているのだとか。

つまり本書も、数学を新たな視点で眺め、ムダなものをそぎ落とし、大胆に考えていくことでその本質をあぶり出したものだというのです。いったい、それはどのような考え方なのでしょうか? 第1章「数学は頭を一瞬で整理する技術」から、要点を抜き出してみたいと思います。

数学が教えるのはコトバの使い方

この項で著者は読者に対し、シンプルな問いを投げかけています。

数学とは、いったい何をする学問でしょうか。

(22ページより)

著者が耳にした答えの多くには、「計算」という表現が含まれていたそうです。当然といえば当然ですね。しかし、数学の主役が本当に計算かというと、そうではないというのです。なぜなら計算は、単なる作業にすぎないから。もし数学が、計算することを主とする学問だとしたら、「数学=作業」ということになってしまう。たしかにそこには、大きな違和感があります。そして著者の数学に対する考え方は、次の1行に集約されるそうです。

数学とは、コトバの使い方を学ぶ学問。

(23ページより)

たとえば五角形の面積をどう求めるか考える際、「しかも」や「ゆえに」のように論理的なコトバ(著者はこれを「論理コトバ」としています)で事実をつなげていくことにより、五角形の面積を求める手法を説明できるというのです。

三角形の面積は「底辺×高さ÷2」で求められる。

↓しかも

どんな五角形も、3つの三角形に分けることができる

↓ゆえに

それら3つの面積を合計することで、五角形の面積を求めることができる。

(25ページより)

なるほど、「しかも」「ゆえに」で話をつなげていくと、五角形の面積の求め方が無理なく理解できます。つまり、「数学は計算する学問ではなく、論理コトバを使う学問」であるという考え方が、ここに集約されているわけです。そして、これが本当の数学の姿なのだと著者は主張してもいます。(21ページより)

数字も計算もいらない数学の学びなおし

大人向けの数学教室に通うとか、書籍を購入して自主学習するなど、大人になってからでも数学を学べる方法はいくらでもあるでしょう。しかし著者は、勉強する必要はないと断言しています。その代わり、日常生活で使うコトバを変えるべきだというのです。それこそが、「いまからでも数学的な人物に変身できる方法」だということです。

根拠は、先ほど触れた上記の五角形の面積の話のとおり。同じことを日々の生活のなかで行えば、それは「数学を使っている」ことになるというわけです。いいかえれば、ものごとを構造化して矛盾やムダのない論述をし、誰もが100%納得できるように説明する(伝える)ということ。

ここで例として挙げられているのは、子どもにカレーの材料を買ってくるように伝える際の表現方法。もちろん「カレーに必要な材料、適当に買ってきて」と伝えるだけでもいいわけですが、「適当に」だと、なにを買うべきか困ってしまう可能性も否定できません。そこで、より明確に伝えるために、こんなプロセスを経て話せばよいというのです。

必要なのは全部で、肉・ジャガイモ・ニンジン・タマネギ・ルー

↓しかも

冷蔵庫の中にはジャガイモ・ニンジン・タマネギが十分ある

↓ゆえに

必要なのは牛肉・ルーだけ

(36ページより)

このように伝えれば子どもは納得し、安心して買い物が可能に。すでに冷蔵庫にあるものを買ってくるというムダも生じません。当たり前の言い換えではあるけれど、これも立派な数学の活用だと著者はいいます。

つまりは「普段からちゃんと考えて伝えましょう」という事例ですが、「ちゃんと考えて伝える」ことは、論理コトバを使えば簡単にできるようになるということです。(34ページより)

思考を促すコトバとは

次に登場するのは、ビジネスパーソンである自分が、「昨日の売上高が450万円で、それは前日比96%だったというデータを知った」というケース。このとき「なぜなら」という論理コトバを自分に問いかけたら、原因の特定と改善策を考える方向に思考が進むというのです。

昨日の売上高450万円(前日比96%)

↓なぜなら

悪天候のため、来客数はおよそ10%減だった

↓ゆえに

明日以降の晴天の日は販売強化日とする必要がある

(37ページより)

という思考が可能になるわけです。しかし、もしも同じ局面において「一方で」という論理コトバを自分に問いかけたとしたら、「なにかとの比較」という方向に思考が進むことになります。

昨日の売上高450万円(前日比96%)

↓一方で

競合他社の数字は400万円(前日比90%)との情報あり

↓ゆえに

450万円という数字は決して悲観するものではない

(38ページより)

論理コトバを使うことによって、思考の方向性が定まるということ。そういう意味では、論理コトバが思考を促してくれるとも解釈できそうです。そこで著者は、いままでは使わなかった論理コトバを、最初は無理矢理でもいいので使ってみるべきだと主張しています。これこそが、「数学の学びなおし」だというわけです。(37ページより)


このように、著者の考え方はとても独創的。「数学的」ではないからこそ、より本質に近づくことができるのかもしれません。そういう意味では、数学が苦手な人こそ読んでみるべきだといえそうです。

(印南敦史)

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