特集
カテゴリー
タグ
メディア

結果自然成! リーダーが知っておくべき「禅語」3選

結果自然成! リーダーが知っておくべき「禅語」3選

リーダーには「風格」がなければなりません。

存在そのものが威厳に満ち、しかし傲慢ではなく、振る舞いは常に謙虚であることが求められます。

リーダーには「育成力」がなければなりません。

部下を立派に、一人前に、さらにともに力を合わせて仕事を遂行するパートナーに育て上げる必要があります。

リーダーには「平常心」がなければなりません。

何があっても動じない、それでいて何事にも臨機応変に対応できる柔軟性を持ち、冷静に行動することが肝要です。

リーダーには「行動力」がなければなりません。

大所高所から物事を見て判断し、自ら率先して迅速かつ的確に行動することが、組織の原動力になるのです。

リーダーには「信頼力」がなければなりません。

社内外のあらゆる人たちに「この人についていけば間違いない」と思わせる中身を持っていることが大切なのです。

(「はじめに」より)

こう述べているのは、曹洞宗徳雄山建功寺住職である『リーダーの禅語』(枡野俊明著、三笠書房)の著者。つまり本書では、リーダーが身につけるべき力をこの5つに集約し、それらを身につけるためのヒントとなる「禅語(禅の言葉)」を紹介しているのです。

少し意外な気もしますが、著者は企業に招かれて禅の話をするたび、「リーダーが禅と向き合うことの有用性」が認知されてきたと実感しているのだとか。だとすれば、ビジネスパーソンが禅から学べることは、決して少なくないわけです。きょうは第4章「『行動力』----チャンスをつかむ『準備』はできているか」から、いくつかの禅語を抜き出してみたいと思います。

成功は「積み重ね」の先に結果自然成

「あいつは運がいいな。チャンスに恵まれているな」と感じさせる人がいます。では、運のいい人と悪い人、チャンスに恵まれている人といない人、その差はどこにあるのでしょうか? それは、日々コツコツと努力を重ねているかどうかにかかっているのだと著者は断言しています。

チャンスは誰にでも平等にやってくるもの。そして努力をしている人は、いつでもチャンスをつかまえる準備ができている状態だからこそ、「いい話が来た!」というときに、すぐ行動に移してことを成し遂げられるというのです。しかもそうやって結果を出せば、次から次へとより高いレベル、よりスケールの大きな仕事が舞い込んでくるもの。チャンスが"雪だるま式"に増えていくというのです。

ところが、あまり努力をしない人は準備不足なので、「ちょっと勉強が足りない。経験が不足している」という状態にとどまったまま。そのため、チャンスをつかむことに二の足を踏まざるを得ないわけです。たとえチャンスに気づいて生かそうとしても、努力が足りないため結果は期待できません。そもそも努力していなければ、チャンスに気づくこともできないので、「チャンスに恵まれない」「運に見放された」という状況に陥ってしまうということ。

「結果自然成」という禅語は、「結果というものは自然に出てくるものであって、人間の作為や思惑、計らいを離れている」という意味なのだそうです。「だったら、努力しても仕方がないのでは?」と感じるかもしれませんが、そういうことではないのだといいます。たしかに「努力すれば報われる」とは限りません。努力が結果につながらないこともあれば、大した努力をしなくてもいい結果が出ることも、現実的にはあります。

しかし、それは一時的なことであり、結果がどうであれ、努力は続けることに意味があるというのです。いいかえれば、結果というのは必ずなんらかの努力の先に出てくるものだということ。

だから、チャンスをつかめない、もしくはチャンスに気づかないリーダーは、まだまだ自分は努力不足だと自戒しなければならないと著者はいいます。リーダーの大事な役回りは、チャンスを掴んで社の業績や部下の能力を引き上げていくこと。リーダーの座にあぐらをかいて日々の努力を怠っていると、「結果自然成」を遠ざけてしまうという考え方です。(140ページより)

「同じ仕事」など存在しない──昨日今日不同

禅僧の修行は、毎日同じことの繰り返しだといいます。そのなかで、昨日できなかったことが今日できるようになったり、昨日気づかなかったことに今日気づいたりするのだというのです。そうした気づきが大きく、そこからいろいろなことを学べるのだということ。それを数カ月、数年、数十年と積み重ねていくことで、人間としての円熟味が増していく。それが、「昨日今日不同」という禅語の意味するところなのだそうです。

リーダーは相応の経験を積んでいるため、年齢とともにこうした気づきを得にくくなっているかもしれないと著者は指摘しています。「前にやったことのある仕事」が増えていき、「いまこの瞬間の感じ方」に目を向けなくなってしまうということ。

しかしそれでは、「毎日判で押したように、同じことの繰り返しばかり。気づいたら、10年、20年経っていた」ということになりかねないわけです。そして結果としてマンネリに陥るだけで、なんの興奮も喜びも得られず、成長も止まってしまうでしょう。

だからこそ大切なのは、現状に安穏とすることなく、新しいことに興味を持って挑戦してみたり、いままでとは違う方法で仕事に取り組んでみたりすること。それこそが、成長の糧になるということ。

年齢を重ねれば、成長の"伸びしろ"は小さくなっていって当然です。しかし、1%でもいいから、「リーダーとして昨日より成長した」と思える部分を意識したいものだと著者。なぜなら、その気づきがあるのとないのとでは、"リーダー人生"の充実度が格段に変わってくるから。

「昨日今日不同」── 一度過ぎ去った日は二度と戻ってこないという真理に立ち、いまこの一瞬一瞬を大事にしながら仕事に取り組むことが大切だという考え方です。(152ページより)

「すぐやる力」で成功する──明日不期

「懈怠の比丘不期明日(げたいのびくみょうにちをきせず)」は、「明日不期」という禅語の原文だそうです。茶道の裏千家(流派の1つ)を代表する茶屋「今日庵(こんにちあん)」の名称の由来を伝える逸話に登場するのだとか。

それは、いまから370年ほど前のこと。千利休の孫にして跡継ぎであった三代・宗旦(そうたん)は、現在の表千家の茶室「不審庵(ふしんあん)」を三男の江岑宗左(こうしんそうさ)に譲り、裏手に隠居所を建てました。

その庵の席開きの日、宗旦は参禅のお師匠さんである清巌(せいがん)和尚を招きました。和尚に新しい茶室を見ていただき、名前をつけてもらいたかったのです。ところが、約束の刻限を過ぎても、和尚は現れませんでした。やむなく留守居の者に「もし和尚が見えたら、明日おいでくださいと伝えてほしい」と、ほかの用事に出かけました。

和尚は宗旦の留守中にやってきたのですが、茶室の腰張りに書きつけたのが、冒頭の「懈怠の比丘不期明日」という言葉です。

「怠け者の私は明日といわれても、来られるかどうかわかりません」

それを見て宗旦は驚き、あわてて和尚のいる大徳寺へお迎えに上がりました。そこから茶室を「今日庵」と名づけたといわれています。

(173ページより)

社会人的な感覚からすると、和尚の言い分にはいささか解せない部分がある気もしますが、著者はもっと広くこれを解釈しているようです。「明日の我が身がどうなるかはわからない。ひょっとしたら、命を失うかもしれない。今日やるべきことは今日やってしまいなさい」と教えているように思うというのです。

たしかに、さっきまで元気でピンピンしていた人が、突然なくなるということも少なくありません。本当に明日の命さえ、どうなるかわからないものだということ。そして、これをリーダーに置き換えて読むと、「何事も先延ばしにせず、明日を頼みにせず、今日やるべきことは今日、いまやるべきことはいま、すぐにカタをつけておきなさい」ということになるというわけです。

たとえば営業なら、できるだけ会ったその日のうちに成約まで持ち込むことがポイントになります。「契約書は明日お持ちするので、ご署名をお願いします」なんて悠長なことをしたばかりに、翌日になってキャンセルされた、といった例が意外に多いと聞きます。

命だって明日のことはわからないのですから、人の気持ちは推して知るべし。「人の気は変わりやすい」ことを前提に、すばやく行動することが大切です。(175ページより)

よって、自分自身にも部下にも"先伸ばし願望"が見えたら、「明日不期」という禅語を思い出すといい。著者はそう記しています。

(172ページより)


京セラ創業者の稲盛和夫氏、アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏など、禅を学んできたリーダーは多数。彼らと同じように禅の考え方を受け入れてみれば、視野が広がり、結果的にビジネスにもよい影響が生まれるかもしれません。

(印南敦史)

swiper-button-prev
swiper-button-next