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「地方」ならではのメリットとは? 「小商い」で生計を立てるという選択肢

「地方」ならではのメリットとは? 「小商い」で生計を立てるという選択肢

きょうは『「小商い」で自由にくらす 房総いすみのDIYな働き方』(磯木淳寛著、イカロス出版)という書籍をご紹介したいと思います。が、そもそも「小商い」と聞いて、どのような商いをイメージするでしょうか?

"小"がお金を指すと、気軽な小遣い稼ぎ。

"小"が時間を指すと、隙間時間に行う片手間の商い。

"小"が個人を指すと、自分ひとりの趣味的な楽しみ。

しかし、この本で取り上げる「小商い」は、このどれでもなく、「思いを優先させたものづくりを身の丈サイズで行い、顔の見えるお客さんに商品を直接手渡し、地域の小さな経済圏を活発にしていく」商いのことです。

つまり、とことん「DIY」で「Face to Face」で「LOCAL」であること。

それは、片手間の小遣い稼ぎではなく、生き延びるための小仕事でもなく、田舎で小さな稼ぎを積み重ねるというものでもない。自分のやりたいことを100パーセント叶えながら生計を立てていこうと奮闘する、精神的に解放された自由な働き方です。(「はじめに」より)

たしかにそれは魅力的で、とても現代的なライフスタイルのように思えます。とはいえ、いろいろ疑問は残ります。そもそも、なぜ房総いすみなのでしょうか? まずは、そのことについて調べてみたいと思います。

<小商い>と<マーケット>がさかんな「房総いすみ地域」とは?

「房総いすみ地域」とは一般的に知られた地名ではなく、行政区分を示すものでもないのだそうです。具体的には、千葉県・房総半島の南東部にある、いすみ市とその周辺の大多喜町、茂原市などの市町村を指す造語。

興味深いのは、ものづくりと対面式の商いを主業とする人々が、そのエリアに自然発生的に集まっているということ。そこでは30〜40代を中心とする移住者、そして地域出身者たちによる、ゆるやかなコミュニティが形成されているというのです。しかも、その商いには特徴があるのだと著者は指摘しています。

それは、地域のあちこちで開かれる「マーケット」を重要な拠点としていること。店舗を持たずにマーケット出店だけで商いをしている人もいれば、店舗営業と並行してマーケット出店を行う人もいるのだということ。そして彼らのお客さんの大半は、房総いすみ地域と、遠くても県庁所在地の千葉氏辺りから車で訪れる人なのだそうです。

房総半島の中心には南北に連なる小高い山間部があり、房総いすみ地区はその東側に位置する平野部。車社会においては山道を経由する移動は敬遠されてしまうため、人口の多い千葉市や内房総(房総半島の西側)とのことなる風土が育まれているというのです。

だからこそ、南北の平野でつながる房総いすみ地域が、行政区分を超えたひとつの生活圏域になっているということ。ちなみに地域の大半が農村漁村なので人口密度は低いものの、域内の人口は20万人程度になるのだそうです。(8ページより)

それでも、もし小商いを現実的なものとして捉えようとするならば、「本当に生計を立てていけるのか?」という疑問は残ってしまいます。そこで次に、「ESSAY 2 『ローカル』の小商いを成り立たせるもの」から答えを見つけ出してみることにしましょう。

車社会と商店街とマーケットーー環境的側面

房総いすみ地域は、都内へは特急列車で片道90分、各駅停車では2時間。これは、静岡県の熱海や群馬県の高崎などとほぼ同じだそうです。そして著者の住むいすみ市では、小学校のそばにイノシシが現れるほどで、特急列車の停まる駅の商店街でさえ、地方によくある閑散としたシャッター街になっているのだといいます。

人々の交通手段はもっぱら車なので、賑わいを見せているのは車社会の恩恵にあずかった国道沿い。そこには全国チェーンのスーパー、農業用品を扱うホームセンター、ラーメン店などが並んでいるといいますから、ある意味では日本の地方にありがちな一般的な風景だといえるでしょう。

しかしその一方、商店街や国道を離れた場所には、里山カフェや里海カフェが点在しているというのです。店主の大半は、都市から新天地を求めてやってきた移住者。つまり彼らは、都会の喧騒を忘れさせる自然のなかに店を構えるわけです。だから里山里海カフェに行くにはやはり車が必要になり、人々は行政区域を超え、走り回ることを常とするようになるということ。

そして注目すべきは、こうした状態が、小商いのプレイヤーたちの主戦場となるマーケット文化を支え、小商い文化を発展させているという事実です。車で走り回ることに慣れた人たちは、辺鄙な場所で開催されるマーケットに足を運ぶことも厭わないからこそ、それが実現できるというわけです。顧客が集まればつくり手も潤う、つくり手が潤えばマーケットも増えるということで、理想的な好循環が生まれているのです。(58ページより)

収入でコストを賄えることーー経済的側面

環境的側面に加え、地方で小商いで暮らしが成り立ちやすいことには、経済的な側面も大きいと著者はいいます。

都内で行われている各種マーケットの出店者には、古着屋植木などを仕入れ販売する事業者が多く、自分でつくった加工食品やクラフト作品を扱う個人は少数。これを本業とする人の数はさらに少なく、精神的な充足感や人との出会いを利益と捉えているケースが大半。

でも客の側は、一般的に「プロ業者の商品」よりも「個人の表現」にワクワクするもの。つまりマーケットの楽しさの大部分は、個人の出店者が支えているということになるわけです。

なお房総いすみ地域では、生活コストに対して小商いで得られる収入の割合が都市部よりもかなり大きいのだといいます。たとえば、わかりやすい例として挙げられているのが家賃。都内と同等か少し広い借家が、その気になれば半額の家賃で見つかるというのです。しかも、一般的なモノの価格差は家賃ほど大きくないという側面も。

そのため自らつくった商品も、都市のマーケットの同等から8割程度の価格で売れるのだといいます。用意したものを売り切ることができれば、売上は都市部と同じ。そのため、家賃分稼ぐことも可能になってくるということ。

そして、「がんばれば小商い一本で生計が立てられそう」な地平が見えてくると、作業時間や技術向上に重点を置いて本格的にチャレンジする人たちも生まれてくることに。その結果として商品のレベルが上がれば、ますます商品価値が上がるわけです。また、都市部と比較して広い家や作業場を確保しやすいのも魅力。そうした環境が、生産力や補完能力を増大させてくれるのです。

つまり地方では、総じて都市部よりも固定費が安いため商いがはじめやすく、損益分岐点も低い。生産力、補完力、運搬力と、どれをとっても有利だというのです。さらには人が少ないため仲間とつながりやすく、ライバルも少ないのだとか。

この「ライバルが少ない」ことは、なにかをはじめようとするときにはとても大事だと著者。いうまでもなく、最初の一歩を踏み出す後押しになるからです。アイデアを思いついたとき、まわりを見回して他に誰もいなければ「自分でもイケるのでは?」と思えるということ。先行者に劣等感を感じ、スタートする前から気持ちが折れてしまうようなことが少ないわけです。

加えて房総いすみ地域では、ものづくりや小商いをする人たちがまわりに多いため、「自分もやってみようかな」という気にもなりやすいといいます。そうした環境には、商いのノウハウなど、わからないことをすぐに教えてもらえるというメリットも。そのため、ライバルが少なく仲間の多い環境で、つくり手の裾野が広がり、小商いの経済圏も拡大していくということ。

いわば、地方ではじめる小商いは、大きな可能性を秘めている。著者はそう主張します。地方には、やりたいことをスモールスタートし、それを本業として成り立たせるための条件が、都市部にくらべてずっと揃っているというのです。(59ページより)

ちなみに「小商いって、具体的になにをするの?」という疑問も浮かんでくるでしょうが、もちろん本書にはその答えもふんだんに盛り込まれています。無店舗型のフリーパティシエ、マクラメ(macramé 紐を結び、編み込んで装飾や模様をつくる技法)作家、移動屋台のコーヒーショップ経営者、ハンドメイド靴職人、焼き鳥屋、ハーブ作家、Tシャツ屋、はちみつ店など、自分の得意なことを生かし、さまざまな小商いをしている人たちのインタビューが豊富に盛り込まれているからです。

つまり読者は、彼らの生の声を通じ、小商いについてのさまざまな疑問を解消することができるわけです。


もちろん現実的には、「じゃあ、明日からすぐに小商いをしよう!」というわけにはいかないかもしれません。けれど、行動する前から諦めるのではなく、「いまの自分にできることはなんなのか?」と自問するところから可能性が生まれるであろうこともまた事実。本書は、そんなことに改めて気づかせてくれる1冊でもあります。読んでみれば、自分にとっての新たな価値観が見つけるかも。ぜひ、手にとってみてください。

(印南敦史)

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