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「辛いとき」こそ新鮮な目で物事を見て、心を軽くできる

「辛いとき」こそ新鮮な目で物事を見て、心を軽くできる

zen habits:この2週間はてんてこまいで疲労困憊の毎日です。妻の父親が亡くなったので、私はノンストップで何かを計画したりコーディネートするかたわら、料理や掃除や車の運転に駆けずり回っています。

昨日は葬儀があり、長くて疲れる多忙な一日でした。悲しみはひとしおでしたが、忙しさも極め付けでした。

この忙しさのさなかで、私は「常に思い込みを手放す」ことを実践しようとしています。これは禅の修行の1つです。自分が何かを知っていると思ったら、それが何であれ、その知識を手放しましょう。何かに確信を持っているとしたら、その確信を手放しましょう。私のマントラは、「無知無欲」です。このマントラを思い起こすと、新鮮な目で物事を見ることができます。何かを知っていると思っても、完璧に知っているわけではありません。だから、事前情報が一切無い人間の目で見るようにします。

要するに、常に思い込みやこだわりを捨てることで、次のような状態になり、ストレスが軽減します。

  • 誰かが気に障る振る舞いをしても腹を立てる必要がありません。
  • 物事が計画や希望に沿って運ぶかどうかわからなくても、不安になる必要がありません。
  • 全てに答えを求める必要はなく、疑問と好奇心を持てるようになります。
  • 自分の正しさを主張して人と争わなくてもよくなります。
  • 他人の良し悪しを決めつけなくなるので、相手をありのままに受け入れることができて、人間関係が良くなります。
  • 物事をコントロールする必要がなくなり、結果を気にせずにできることをしようとします。

物事はこうあるべきだという考えや、何かをコントロールしなければ、とか、確実性を求めなくては、と思う気持ちを常に手放すことで、私は気が楽になりリラックスできます。ベストを尽くしますが、望み通りに物事が運ばなくてもそれでストレスを感じることがありません。

私は何かに悩まされる必要がなくなりました。忙しくなることがあっても、その忙しさに悩まされることはありません。疲れることがあっても、疲れているという事実に悩まされることはありません。計画通りに物事が運ばないこともありますが、それで悩んだりしません。忙しい、疲れている、物事が予定通り運ばない、というのは、必ずしも私がコントロールできることではありません。しかし、自分の思い込みやこだわりを捨てて、そういうことで悩まないようにすることならできます。人生のさまざまな状況に悩まされることこそ、真の問題です。

というわけで、疲労や忙しさや混沌の真っただ中にあるときこそ、自分の思い込みを「常に手放す」ことを意識するようにしています。

誰かに思いがけないことを持ち込まれても、過去に体験した同じような状況の記憶は手放します。そして、初めて体験する状況として新たな目で受け入れるようにしています。

私にイラついていたり不機嫌な人がいても、自分はどう振る舞うべきなのかと考えないようにします。そうすれば、相手がどうしてそんなふうに振る舞っているか興味が持てて、苦しんでいる人を愛することができます。

疲れているのにやるべきことが山ほどあるときは、疲労や多忙は悪だという考えを手放すようにします。そして、目の前の状況を新鮮な目で見ると、家族に対する愛情から、嫌な作業もこなせることに気づきます。

物事が難航したり、望み通りに運ばないときは、「こうあるべき」という考え方を手放します。それにより、新鮮な目でその状況を見て、ごたごたすることは必ずあるものだと理解して、これはこれでいいや、と思えるようになります。

物事はこうあるべき、と固執してストレスを感じている自分に気づいたら、「無知無欲」と自分に言い聞かせてこだわりを捨てます。それにより、体が緊張していることに気づくので、今度はそれを手放します。深呼吸して、微笑み、心を開くのです。赤ん坊のようにまっさらな目で物事を見ます。ストレスフルなことは何度も繰り返し起こりますし、次から次へと連続して起こることもよくあります。そのたびに「手放せ」「手放せ」「手放せ」と繰り返し自分に言い聞かせます。

私は自分の考えを手放すことで、心を開いて目の前にあるものを受け入れています。想定外のことが次々に展開する瞬間に立ち会うことこそ、人生の醍醐味です。

Zen of Busy: Continual Letting Go When You're Overwhelmed : zen habits

Leo Babauta(訳:春野ユリ)

Photo by Shutterstock.
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