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30代までに社長になる方法。僕らの時代の社長論──2016.5.27 Night School

30代までに社長になる方法。僕らの時代の社長論──2016.5.27 Night School

満員電車の中での気づき

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米田:今日の登壇者の中で唯一、海外で起業された齋藤さんはどんなきっかけでシンガポール起業をすることになったのですか?

齋藤:私は大学のときに、とにかくやりたいことが定まらなくて、本当に注意散漫でいろんなことに挑戦しまくるという学生生活でした。友達とフェスを企画したりとか、アパレルのブランド立ち上げたりとか。逆に、「自分がやりたいのはこれだ!」って決めて邁進してる人がとてもうらやましかったです。

その頃から、とりあえず海外に行きたいっていう想いはあって、海外旅行とか、短期留学もして、海外は意識していました。でも、結局日本で就職しました。実家が横浜なんですけど、東京の会社に通ってて、ある日東海道線の満員電車に乗ってて、すごい混んでたんです。で、そのときにぱっと周りを見たら、おじさんたちが完全に無の表情になっていたんですね。満員電車は苦痛だけど毎日乗るのが当たり前。だから、みんないかに無になるかに集中する。そんな様子を見て、これは不自然だなと思ったんです。その瞬間、「そうだ海外に行こう」って、「そうだ京都に行こう」みたいなノリでひらめいて(笑)、もうそこからスイッチが入ってしまって、いろいろリサーチしてたどり着いたのがシンガポールだったんです。

米田:印象深いストーリーですね。

齋藤:私は実際、起業したくてシンガポールに行ったわけではなくて、思い付きで行っちゃったんですね。そこから現地の会社に就職して、28歳のときにさまざまなきっかけや周りからの応援があって、シンガポールで起業しました。今は、日本にも法人も作って、シンガポールと日本の2拠点で活動しています。

キッカケがあれば人は変われる

米田:続いて、リクルート在職中に起業した服部さんはいかがですか?

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服部:私は関西人で、大阪の非常に荒れた街で育ちました。どのくらい荒れてるかというと、小学校へ通う通学路で発砲事件多発エリアを通ります。年間1回は必ず発砲が起きているような場所です。私が通うはずだった地域の中学校があるんですけど、そこは『14才の母』っていうドラマが始まる前から、たくさんの母がいるようなところで、中学校の向かいに病院があるんですけど、傷害事件が起きるとみんなそこに運ばれるみたいな、そんな環境だったんですね。

私も同じように荒れていたはずだったんですけど、たまたま小学校3年生のときに、お友達が塾行くからちょっと一緒に付いてきてよって言われて、行ったところが進学塾だったんですね。行くとみんな中学受験するんですよ。で、私も巻き込まれて中学受験、中学校、中高一貫校に入り、そうするとたまたま進学校、進学校はみんな大学受験するっていうんですよ。私の周り、大学なんて入ってる人は1人もいなかったんですが、大学受験をして大学に入ると、堅苦しい人たちが夜な夜なこの国はどうだみたいな、こと語る大学生活を過ごしました。振り返ってみれば、ほんとに人生って紙一重だな、と思っていて。でも、だからこそ、キッカケがあれば人は変われる、と心の底から実体験として思っていました。

なので、大学卒業したときには人にキッカケを提供したいなと思って、リクルートという会社に入社しました。4年目のときに、新規事業の担当をして、今までなかったことを生み出すってこんな楽しくてワクワクすることなんだと思いました。

当時、一緒に事業開発をやってきたのは、ライフネット生命で事業開発をしてた吉沢という、今の会社の共同経営者になっている人なんですが、彼と何気なくFacebookでチャットしたのがこれなんですね。

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米田:そのときのチャットのキャプチャーですか。

服部:そうです。赤のアンダーラインのところだけ見ていただきたいと思うんですけど、「とりあえずYou、会社つくっちゃいよ」って言われて、「Meつくっちゃう」って返信してるんですけど。この1カ月後に本当に会社をつくっちゃったっていうのが、起業のキッカケです(笑)。

米田:このときはまだリクルートいたんですよね。

服部:いました。そこで、そんな軽いノリで会社を作ったら、さまざまな起業家の方々に会うことになって、話をしていると、彼らからにじみ出る手触り感があるんですね。社会に対して自分が何をやってるのか、なぜやりたいのか、自分が行動すると社会がどう変わっていくのかが、リアルに手に取るようにわかる感じ。これが素晴らしいなと思えたんです。実はいきなり会社をつくって何するかも決めてなかったんですけど、この経験を経て、起業という選択肢で生き生きとしている人を増やしたいと思いました。

米田:ありがとうございます。じゃあ最後に、佐藤さんお願いします。

俺の心は俺のものだ。

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佐藤:いちおう社長をやって11年になりますが、詩人です。名刺も代表取締役より先に詩人が来てるんですけど、何者か?と問われれば、心意気、生き様が詩人です。

「俺の心は俺のものだ。」これは僕のスローガン、座右の銘でもあり、詩のタイトルでもあるんですけど、お客さんの中で「俺の心は俺のものだ」って言える人、どのくらいいますか?

会場:....

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米田:たぶんね、イレギュラー過ぎて若干付いていけてない部分があるだけだと思いますよ(笑)

佐藤:会社はポエガというのですが、「会社として事業としてどんなことをやってるのか」ということ以前に、「会社としてどうありたいか」っていうところをすごく大事にしていて、自分の心を自分のものにしておこう自分の人生を生きようっていうのをミッションにしています。

じゃあ詩人が社長という顔もやりながらどうしてるか。大切な仲間に、どこまで完全にすべてを任せられるかどうかの勝負を己としています。人間は、仕事もそうですが、人生に対し、失敗しようが成功しようが、「自分で決めて自分で責任を取っとる」時が一番生きている実感や幸せを感じます。だからこそ、その状態を最大限確保できるために僕のしていることは、どれだけ100%の「愛しとる」「信じとる」を仲間に伝えられるか。それは、精神的に高く飛ぶために、仲間の心理的安定性をどれだけ担保できるか、です。そのために、僕は、心からの本気の愛を伝えるために、どれだけ自分のこころを自分のものにできていられるか、をしています。それが、俺のこころは俺のものだ、の本意です。資本主義的には、僕は「ヒモ社長」だと周りにも言われ、自分でもそう言っています。売上、粗利を作るのは、めっちゃ優秀な愛する2人の取締役がやってくれとるので。

米田:ちなみにどんな仕事なんですか?

佐藤:事業としては3本柱で、組織コンサル、クリエイティブ、マーケティングの3つが絡み合っています。僕は組織コンサルをしています。企業のメンタルを基本とした組織の活性化と、教育機関の仕組み作り。今、心の問題が多いんで、それをケアしたり、より元気に社会で生きられるようにサポートする仕事です。

米田:心理カウンセラーとしての顔もありますよね。

佐藤:そうです。心の分野の仕事をしています。あとは、大学や専門学校で生きる力を強くする授業をやっています。やっぱり、社会に出て半年、1年で辞める人って多いんですね。なんで辞めるのかと言うと、人間関係で辞める。労働時間が長いとか、仕事がつらいとかじゃなくて、人間関係なんです。なので、個々の性格の特性を引き出しながら、彼らの人間関係力や共同体感覚の力を高める仕事です。

僕が住んでいる鎌倉市や葉山町では、子育てなんでも相談室や、小学生のアフタースクールで心の授業を毎週やっています。小学生はビンビンに響きますよ。この間も授業で、子どもたちが馬小屋の掃除をするんですけど、馬のふんの清掃をしながら、最初はスコップとか使うんですけど、手のほうが早いじゃんって、手で持ちながら、そのうち、うんこをみんなで投げ始めるんですよ。最高ですよね。自己肯定感が満々なんです。

僕は、これまで企業のメンタルケアや、中高生や大学生を対象にしてきたんですが、やっぱり、社会で闘える生きる力や、自分を愛せる勇気をしっかり持とうと思ったら、小学生や小学生以下、新しい命が肝なんですね。そうなってくると、子どもの明るいみらいのために、命の源のお母さんを元気にしたい、と。今は、お母さんの心を元気にするために何ができるか。ということを強く思っとります。

どんな大失敗をしても誰もあなたの命は奪わない

(文・写真/大嶋拓人、協力/株式会社クオーターバック)

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