コウノトリにもアーティストにも愛される地方創生の注目都市、 兵庫県豊岡市で活躍する「おせっかい」なキーパーソン。
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兵庫県北部に位置する豊岡市は、一時は日本から姿を消したコウノトリの野生復帰に取り組み、成功したことで知られる自然豊かな町。志賀直哉の小説『城の崎にて』の構想が練られた城崎温泉を有する町でもあります。そんな豊岡市にUターンし、地元の観光資源とクリエイターとのコラボレーションや、世界のアーティストが注目するアーティスト・イン・レジデンスの運営など、新しい試みに尽力する城崎国際アートセンター館長/広報・マーケティングディレクターの田口幹也さんにお話を伺いました。
1969年、兵庫県豊岡市生まれ。飲食店の経営やメディアの立ち上げなど、東京でさまざまなキャリアを積んだ後、東日本大震災を機にUターン。豊岡市大交流アクションプランアドバイザーとして、2013年から『豊岡エキシビジョン』の企画・運営に携わるほか、豊岡市の魅力を発信するための活動を行っている。現在は城崎国際アートセンター館長/広報・マーケティングディレクター。
地元の魅力を再発見し、勝手に"おせっかい"を開始!

東日本大震災を機に、東京から生まれ故郷の兵庫県豊岡市にUターンした田口幹也さん。それ以前はサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の立ち上げや、青山の人気書店ユトレヒトのカフェスペース「aMoule」の運営、下北沢のカフェ「cafe ordinaire」や、池ノ上のワインバー「the apartment」の経営など、幅広い活動をしていました。はじめはあくまで一時帰宅のつもりで帰郷したものの、たまたま地元の神鍋高原の別荘地に家が見つかり、奥さんとお子さんがそこでの生活が気に入ったこともあって移住を決意したそうです。
ただ、観光客に対しては、町おこしのために自分たちの良さを売り出すという発想ではないと感じました。たとえば食で言うと、あえて名物を作らなくても、地元にはA級の素材があるのに見た目が派手なB級グルメを作るために、A級素材の魅力を壊してしまっているように思えたのです。町が持っている魅力に、地元の人たちが自信を持っていなかったのかもしれません。
移住したからこそ見えてきた、町の本質的な魅力と課題。そして田口さんは、東京での仕事で培ったプレス関係者とのつながりを生かして、町のPRを手伝うようになりました。その際にまず行ったのが、"おせっかい"と書かれたご自身の名刺を作ることでした。

既存のモノに新しい付加価値を与える。
『豊岡エキシビジョン』は、豊岡市の魅力を全国に発信するために2009年から年に1度行われている行政主体のイベント。2013年に渋谷ヒカリエで開催された回から、田口さんもこのイベントの企画、運営に携わっています。
また、昨年は第2弾として、作家の万城目学さんに城崎温泉に滞在していただいて『城崎裁判』という小説を執筆してもらいました。タオル地の表紙はアートディレクターの長嶋りかこさんのデザインです。制作中は、地元の人たちに「そんなの売れないよ」と言われましたが、蓋を開けてみたら売れたといううれしい事例です。ちゃんとしたものを作れば、文学や人物がテーマでも街への注目度を上げることができる。そのことを確認できる仕事でしたね。

書籍には耐水性の高いストーンペーパーを用いている。(著:万城目学、編集:BACH、装丁:長嶋りかこ)
2013年、2014年の『豊岡エキシビジョン』では、但馬牛など豊岡のおいしい食材を使った「豊岡定食」の提供や、ガラス張りの部屋を市長室にして実際に豊岡市長が業務を行う姿を見ることのできる「出張市長室」などを開催。行政主体のイメージを覆すイベントとして、メディアからも大きな注目を集めました。
24時間体勢のアーティスト・イン・レジデンス。
豊岡市では、2014年から舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンス「城崎国際アートセンター」の試みも始まりました。ホールとスタジオ、居住スペースで構成されたこの施設に、アーティストは最長3カ月滞在することができ、24時間いつでも施設を利用することができます。利用は公募制ですが、滞在中の宿泊費やホール、スタジオ使用費は基本的に無料となっています。

公開稽古後はアーティストと、観覧に来た地元の人々が交流することもあるようです。
2014年4月のオープン以来、城崎国際アートセンターには世界中のアーティストが訪れています。これまで滞在したのは、平田オリザさん、カンヌで主演女優賞を受賞したイレーヌ・ジャコブさん、チェルフィッチュを主宰する岡田利規さん、現代美術家のやなぎみわさん、ダンサー・振付師の白井剛さんなど、世界で活躍するアーティストばかり。居住スペースにはキッチンやランドリーが併設され、城崎温泉の外湯を城崎町民と同じ価格で利用できるなど、暮らすような感覚で稽古に励むことができるのが人気の秘密のようです。

こちらは、被り物を被ってコウノトリになりきり、ダンスをしながら街を歩くワークショップ。
目指すのは、社会的包摂としての芸術劇場。
1年目から365日のうち250日の稼働という、素晴らしい評価を受けた城崎国際アートセンター。無料で施設提供をする一方で、マネタイズという点ではどう考えているのでしょうか。
今、豊岡市はコウノトリの野生復帰が発端となって、地方創生のモデル都市としても注目されています。そして、芸術文化の街としての基盤をつくりつつある。今年までアートセンターはNPO法人が指定管理を受けていましたが、今年度からは平田オリザさんに芸術監督に入っていただき、市の直営となりました。これからは、滞在アーティストの方々には、今まで以上に地域に還元してもらう仕組みをつくりたいと思っています。
たとえば、地域の小中学校でダンスや演劇、コミュニケーションの授業に講師として参加してもらったり、公開稽古日を設けて豊岡市民が無料で舞台のリハーサルを見られるようにしたり。まずは3年以内に、製作期間の一部を地元の教育のために割いてもらう仕組みをつくりたいと思っています。アートセンターのような文化施設があることで、教育の質が上がることを期待しています。

田口さんは、これからの時代において、「社会的包摂としての芸術劇場」が必要だと話してくれました。芸術は一部の人の嗜好品ではなくて、社会福祉の観点で重要な役割を果たし、それによって町に若い人が戻り、外国からも人が集まる。そんな風に町がドライブするための機能になればいいと感じているそうです。
この場所にしかない価値を理解し、高める。
豊岡市では「城崎国際アートセンター」の開設とほぼ同時期に、全国的にも珍しい、現役の鞄職人たちが講師を務める鞄づくりの専門学校「Toyooka KABAN Artisan School」もオープンしました。豊岡で1000年以上育まれてきた鞄づくりの技術を若い世代に伝えようと、鞄職人たちが資金を出し合い、生まれた学校です。
グローバル化の時代には、それぞれの町がどんどん同じ顔になってしまう傾向がある。でもどこかの街の真似をしてもしょうがないんですよね。小さな町でも個性を持って、小さな世界都市を目指ことが求められる。前例主義ではない、この場所の価値観でやっていくことが大切だと思っています。

地元を離れ、再び戻ってきたからこそ見えた地元の価値と課題。そこに焦点を当てて、「その町らしさ」を大事にすることが田口さんの町づくりのスタイルだと感じました。街にも職人にも、新たな客人をもてなす心がある。浴衣で町をそぞろ歩きする客人の姿こそが、豊岡市の町の魅力を物語っているのかもしれません。そんな豊岡が、新たな客人たちと起こす、これからの町づくりに期待しつつ、来年早々に開催が予定されている『豊岡エキシビジョン』にも注目したいと思います。
(編集・文/松尾仁)
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