大変だけど、現場に行って取材しないとダメなんです。ジャーナリスト、堀潤さんと語る「僕らの時代のメディア論」
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ライフハッカー[日本版]編集長の米田です。フリージャーナリスト、アナウンサーの堀潤さんとは2014年、TOKYO MXが平日放送している情報バラエティ番組「モーニングCROSS」に出演することで出会いました。時事問題をわかりやすく、ときにユーモアを交えながら、毎回異なるジャンルの3人のゲストと真剣に討論する番組ですが、番組が醸し出す雰囲気は自由そのもの。「情報統制」「自主規制」「世間の空気を読む」といった日本のマスメディアにありがちなネガティブな雰囲気はありません。それはMCを務める堀さんのパーソナリティーがあってこそ。
NHK社員という肩書きを捨て、テレビ・ラジオで活躍しつつ、ネット時代にふさわしい報道の在り方を探りながら、自ら立ち上げたメディアの運営と情報発信に堀さんは邁進しています。
何かを言えば、必ず叩かれる、いや、何を言っても叩かれ、出どころがわからない2次情報が次々と氾濫するのがネットの世界。しかし、堀さんは批判を恐れず、現場取材主義を貫き1次情報をとること、そこから得た生身の情報を発信することの大切さを説きます。
テレビやラジオではなかなか聞けない、堀さんが考えるメディア論や仕事術についてじっくりお話をうかがってきました。
元NHKアナウンサー。立教大学文学部ドイツ文学科卒業後、2001年NHKに入局し、「ニュースウオッチ9」「Bizスポ」などの報道番組を担当。2012年6月、オープンジャーナリズム、パブリックアクセスの実現を目指し、市民参加型動画ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げる。2013年4月1日付でNHKを退局。テレビや新聞といった旧来の大手メディアの枠組みではない、これまでになかった新たなメディアの形を創出すべく挑戦し続けている。講演では「個人発信の時代に考えるべきこと」をテーマに、数々の報道の現場で実際に見て、聞いて、感じたこと、これからの「情報発信」のあり方、危険性、大切さなど、様々な角度で講話。
睡眠は1日3、4時間


それで、22時くらいに帰宅後、インタビュー起こしをしてから翌日の準備をし、1時くらいに全工程が終了して...だいたいまあ、毎日こんな感じです。
米田:じゃあ睡眠時間は3、4時間くらいですね。よく倒れないですね?堀:いえ、そこはうまくやっていて、移動時間などになるべく寝るようにしています。でもだいぶ慣れましたね。もともと10時間くらいは睡眠が必要な人間だったんですけど(笑)。「ネットで見ました」や「ニュースで観ました」は職業放棄

最近ではキュレーションメディアやバイラルメディアのようなものがたくさん出てきて、そこに投資が集まるような状況ですけど、その原資になっているのはどこからの情報なのか? ということですね。現場の取材って、一番儲けが出ないし苦労もするし地味だけど、そこの部分を下支えする人間がいないとダメなんですよ。
米田:そこは僕も共感できる部分です。ライフハッカーは翻訳記事が多いのですが、それでも今日のインタビューのように取材やロケはたくさんしているんです。記事数が多すぎてそういうイメージをなかなか持ってもらえてないのですが。高コスト体質とオピニオンベースを徹底的に排除
米田:ところで、ウェブと違ってテレビのニュース番組というのは放送時間が短く、限られていますから、1日2日取材をしても、それが1分や2分の映像にしかならなかったり、下手したらお蔵入りしたりすることもありますよね。大新聞やテレビ局のような大きな資本があるところならともかく、堀さんが運営する市民投稿型映像ニュースサイト「8bitNews」そうですが、インディペンデントなメディアが現地取材等で1次情報を拾いつつ、どうマネタイズしていくか、というのは重要な課題です。「8bitNews」がその点でどう運営しているのか、聞かせていただけますか?
これからの展開としては、ある映像配信会社と提携し、個人の撮影した映像を海外向けに販売するというサービスの展開も目指しています。
米田:今スタッフは何名なんですか?堀:経営面は僕と元NHKのディレクターだった人間の2人で行い、その他にスタッフが数名、インターンが5名ほどいます。米田:インターネットの市民メディアは10年以上前からいくつも立ち上がっていますが、取材力やニュースの質という面では、とてもバラツキがありますよね。堀:振り返ると死屍累々ですね(笑)。立ち上げ当初に、「オーマイニュース(2009年に閉鎖)」の敗戦処理を行った元編集長との対談をやって、何がダメだったのかいろいろ話を聞きました。そこで明確な敗因が2つわかりました。「高コスト体質」と「オピニオンベース」、これらを排除するということを、僕らの教訓にしました。高コスト体質とは、たとえば箔をつけるために有名な編集長やライターを呼ぶこと。そうなってくると人件費がかかりますよね。だから、基本的にはコストがかからない体質を目指して、システムも自前のサーバー持たずに、オープンソースで使えるものは使うというようにしています。オピニオンベースについて言えば、文字媒体の記事だと、基本的には裏取りも含めて危うさがあります。今までの市民メディアはオピニオンベースで、Twitterで炎上するのと同じ仕組みでオピニオン同士がぶつかっていました。それは果たして正しいジャーナリズムなのか? と思い、オピニオンベースはやめて「ファクトベース」にしたんですね。
それから、1番わかりやすくてローコストなファクトベースのメディアは何かと言えば、映像です。映像を出した時点で、どうぞFacebookでシェアしたり、あーだこーだ話あってください、というスタイルをとっています。
ですから、基本的にはサイトの運営費はメンテナンス費用だけしかかからないし、あとは事務所の経費くらいで、ローコスト体質を維持できています。
歴史の表側には残らない普通の日常や空気感にこそ、共感の種がある

NHKでもたくさんの戦争証言のアーカイブがありますが、2次利用は難しいです。だから僕らは著作権を解放することにしました。さらには自薦・他薦可で、「おばあちゃんに戦争の話を聞きたいけど自分からは聞きにくい」という人がいたら、一緒に話を聞きに行きます。そして「おばあちゃんはこんな体験をしていたんだ!」という学びや気づきの場にしてほしいと思っています。
米田:僕は福岡出身なのですが、祖父は終戦で日本に帰りましたが、すぐに栄養失調で死にました。また、祖母が佐賀に疎開していた際、長崎から立ち昇る原爆のきのこ雲を見たという話を幼い頃から聞かされていました。今となっては家族からリアルに戦争体験の話を聞いた最後の世代なのかなとも思います。一部の若い世代の方々が、ネットを中心に扇動的な方向へ走っているのは、身近な人からの生身の体験話を聞いていないこと、戦争に対するリアリティの欠如が大きいのかなとも思います。だからインターネットでそうした映像を出していくというのは、非常に大きなことだなと思います。堀:実際に戦前・戦中の話をいろいろと聞いてみると、実は当時も今も人々の日常は変わらなくて、普通に朝起きてごはんを食べて、「明日なにしようかな」「さあ仕事がんばるか」「戦争始まるんだって」「なんか大変だねぇ」という風に、徐々に変化してあのような惨状が起きたんだなということがわかってきたんです。だから今は、だいたい3分の2は開戦前の話を中心に聞いています。歴史の表側には残ってないような人々の普通の日常や空気感には、共感の種があります。世界では今も戦争や紛争がたくさん起きていますが、ほとんどの人にとってはそれが自分事の様には思えないし、「明日の仕事をどう乗り切ろうか...」という方が重要でしょう? だからこそ当時の人たちの日常を伝えることが、今の人たちにとって価値があるんじゃないかと思うんです。
このプロジェクトもクラウドファンディングでスタートして、300万円ちょっと集まりました。でも資金はすぐに尽きるので、また寄付を集めたり、クラウドファンディングを立ち上げ直したり、寄付の呼び水としてマグカップとかTシャツの販売なども始めました。
胸を張って「我々はハサミを入れません」と
米田:堀さんはNHKにいらっしゃったので映像の力は理解されていると思いますが、映像ってリアルだけど、編集でいくらでも印象を変えられてしまいますよね?堀:そうなんです。部分的に切り取れちゃいますし、演出も付けられますからね。すごく発見があったのは、去年の夏に戦争証言アーカイブスが始まった時、俳優の宝田明さんのインタビューをニコ生で流したんです。最初は編集をしていたんですが、3時間くらいある素材だったので途中で力尽きてしまい、途中から偶発的にノー編集になってしまって(苦笑)。実際に流してみると、顔のアップや引きなどの演出に対して、視聴者たちから「やっぱつくり物か」「話が入ってこない」といったコメントがたくさんきたんです。でも途中でバストショットのみになってからは、話の中身についてのコメントばかりになりました。
このことから「生の素材を欲しがる要望がすごくあるんだな」ということに気付かされました。映像に編集というハサミの切り口が入った途端、みんなが興ざめしてしまう。逆に言うとみんなの情報に対するリテラシーがあがってきたということ。自分たちは誰かに加工された情報に左右されたくない、という思いがあるというのが如実に表れているな、と思いました。
だから、今はもう胸を張って「我々はハサミを入れません」と(笑)。そう言うと、テレビの人からは「そんなの人に見せるのは失礼だろ」とか「技術がないからだ」とか言われるんですけど、であるなら、パッケージを2つつくればいい。テレビの限られた時間の中で放送するときは、情報を精査してつくり込む。でもこちらのURLをクリックしてもらえれば、すべてがご覧いただけますよ、と。
テレビとネットの協業というのは昔はよく言われたことですが、これまでは対立イメージが強かった。そうではなくて、これからは純粋にインフラの使い分けという方向に変わっていけばいいなと思います。ネットだからできること、テレビだからできること、それぞれあるわけだから、いろいろなもののハブになるような存在があればいいなと思っています。
未来に向けた発信を

それから、どうしてもスマホ中心の情報摂取になってくると「短文だけしか読まない」という習慣がつきます。それに対してある種の危機感はあって、長いものを読むこと・見ることによってしか得られない思考というものは必ずあると思っています。
堀:よくわかります。今ウェブメディアがマネタイズして生き残っていかなければならないという状況の中で、瞬間最大風速的なPVをとりにいきがちだけど、これはテレビとまったく同じで、「このあとの衝撃の展開が!」みたいな「煽りV」で視聴率を上げる、ということと同じことになってきてしまっている。僕は、今に向けた発信だけじゃなくて未来に向けた発信が重要なんだと思います。たとえば今、世の中の人がまったく見るモチベーションを持たない情報でも、5年たって検索した時に、その時代にきちんと刻まれていたということが大事なんじゃないかなと。そうすればもっとウェブメディアがアーカイブとしての機能を果たすようになると思います。今日に向けてやっているメディアはすぐに淘汰されるけど、すこし先を見据えているメディアは長生きすると思います。
米田:僕も思い当たる節があります。10年前に「TOKYO SOURCE」というウェブメディアを有志たちと立ち上げて、「東京発の未来を面白くする100人」というコンセプトで、気鋭のクリエイターたちに取材していました。たとえば、チームラボの猪子寿之さんや、AR三兄弟の川田十夢さん、映画監督の山下敦弘さんなどにロングインタビューをし、それを普通のウェブではありえない長さ、前後編合わせて4万字とかで掲載していました。そのプロジェクトは全くお金儲けを考えず、ただひたすら「この人はすごい! 面白い!」と自分たちの会いたい人に会いに行って、聞いた話をまとめるということを繰り返していたんですね。でも、それから約10年たって、最近知り合ったメディアや広告業界、IT関係の人などに会うと、「TOKYO SOURCEを読んでました!」と言ってもらえることが増えてきたんです。当時、大学生だった子たちが今30歳くらいになって、メディアの中核にいるようになってきたんですね。ですから、僕も時間経過があって、「インターネットってこうやって使うんだな」とそのアーカイブ性の強みを実感しました。
堀:それは非常に価値が高いですよね。今第一線で輝いている人たちが、10年前何を考えていたのか、今ならさかのぼってその答えに当たれるわけだから。その時代の出来事をリアルタイムに検証するのはすごく難しいです。変化ってすごくゆっくりだから、リアルタイムの時はわかりづらいので、そのあたりは僕も気を付けながら取材をしています。8月4日公開の後編に続きます。
(聞き手・構成/米田智彦、写真/開發祐介)