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戦略としての球界参入から立入検査まで。会長としての視点が捉えた、DeNA「不格好経営」の舞台裏

戦略としての球界参入から立入検査まで。会長としての視点が捉えた、DeNA「不格好経営」の舞台裏

2013年に、DeNA創業者の南場智子さんによる『不格好経営―チームDeNAの挑戦』をご紹介したことがあります。軽妙で歯切れのよい文体と、映画かドラマのようなストーリー性が魅力的な名著。

いまでも強く記憶に残っているのですが、あれから約2年を経て、今度は南場さんを陰で支えてきたもうひとりの重要人物によるドキュメンタリーが登場しました。DeNA取締役会長で、横浜DeNAベイスターズ初代オーナーでもある著者による、『黒子の流儀 DeNA 不格好経営の舞台裏』(春田 真著、KADOKAWA)がそれ。

本書は『不格好経営』の舞台裏的な位置づけで読んでいただけたらと思う。特に、DeNAの歴史を繙いていくと、そのときどきの重要なイベントは当然ながら似通ってくる。南場さんが表舞台とすれば、私はその舞台裏を切り盛りする役。舞台裏の臨場感を感じてもらえれば嬉しい。(「はじめに」より)

つまり本書は、表からは見えにくい場所で南場さんを支える"黒子"としての立場から書かれたもの。そのぶん、『不格好経営』を読んだだけでは見えにくい部分にもスポットライトが当てられています。つまり、比較しながら読んでみれば、お互いを補完しあう構図ができあがるというわけです。

球界参入時の真実

横浜DeNAベイスターズはじめ、プロ野球に関することについても可能な限り表現することにした。プロ野球球団を運営=経営することや球界についての自分なりの見立てや考えを記した。プロ野球の興行=試合以外の部分について、特に経営サイドがどのようなことを考えているのか、ひとつの例としてベイスターズを通して少しでも理解してもらいたい」(「はじめに」より)

この表現にもあるとおり、本書において重要な意味を持っているのが第1章「球界参入」。プロ野球の世界に参入するまで、そしてそれ以降のことが克明に描かれているパートです。球界参入は『不格好経営』では触れられていない部分でもあるので、大きなトピックだともいえるでしょう。

この章で個人的に興味深く感じたのは、球団買収の理由について書かれた部分でした。買収が行われるまでの過程においてはもちろん、現在もなお、著者は「野球が好きだったんですか?」など、DeNAがプロ野球に参入する理由をたずねられるのだとか。ここには、そのことに対する率直な考え方が書かれているわけです。

通常、企業買収を行う際には、「その企業が好きだったんですか?」と問われることはまずない。要するに、M&Aというものは好き嫌いという感情的な判断で行われるものではなく、会社の戦略や費用対効果などを冷静に検討して判断されていくものなのだ」(44ページより)

にもかかわらず、球団買収となると心情的な部分がクローズアップされ、ビジネス面が置き去りにされることの違和感を、ここで著者は主張しているということ。しかもそこには、ビジネスパーソンとしての明確な立ち位置が反映されています。

誰もが頻繁に話題に挙げ、シーズン中はほぼ毎日のように報道されるのがプロ野球だ。そのプロ野球の1チームに自分の会社の名前を冠することができるというのは、ビジネス的にいって非常にプラス効果が高い。(中略)広告費という予算を使うことなく、多くの媒体でDeNAの名前が流布されるのだ。(45ページより)

つまり「野球が好きか嫌いか」という問題ではなく、「そこにビジネスとしての価値がどれだけあるか」という点に、著者の視線は集中しているということ。だからこそ、行間に強い説得力が生まれているのです。表現を変えるなら、本書は著者の自伝でありながら、ビジネス書としても読めるということ。いわば、「こんなとき、ビジネスパーソンはどう立ちまわるべきか」ということに対する答えが立体的に描かれているわけです。

公正取引委員会による立入検査

たとえば、そのもうひとつの例が、未成年の携帯向けサイトの利用を規制しようとする総務省との攻防。「モバゲー」というプラットフォームを運営し、競合関係にあるGREEと「コンテンツ獲得合戦」を繰り広げていた2010年末、ゲーム開発会社を強引に取り込んだとして公正取引委員会による立入検査が執行された一件です。つまりDeNAは、「GREEにコンテンツを提供しないように圧力をかけていた」と疑われたということ。

この日、公取委は、数十人の体制でDeNAに乗り込んできた。(中略)談合などといった深刻な違反ではなく、今回のような事案であれば、普通はあれだけの数の検査員が押しかけるようなことはなく、事前のヒアリングがあってもいいケースといえた。(中略)検査員たちが社内に入り、書類を集めてダンボールに詰めていく。目の前には、テレビや映画で目にするような光景が広がっていた。(180ページより)

南場さんが出張中だったため対応を任された著者は、事実を真摯に受け止め、反省の意を明らかにしています。そこには、文字にできない悔しさまでもがにじみ出ています。(177ページより)

南場さんの退任

公取委の立入検査の件、あるいは先に触れた第1章に描かれている楽天との確執など、ついついドラマティックな場面に目を向けてしまいがちかもしれません。が、その一方、第4章「DeNA事件簿」の終盤に記されている、退任を決意した南場さんとのやりとりもまた印象的です。

深夜1時近くなり、そろそろ帰ろうかと思って支度を始めると、どういうわけか南場さんが部屋にスッと入ってきた。

「ちょっといい?」

何かを話したそうな雰囲気だった。

「いいですよ」

イスに座ると、南場さんはたわいもない世間話をはじめた。そしてその話が途切れると、「私、会社を辞めようと思う」ときっぱりとした口調で言ったのだった。(193ページより)

癌を告知された旦那さんの看病をするために南場さんがDeNAを離れたことは有名な話ですが、「自由に働かせてもらったので、今度は旦那さんの力になりたい」と、気持ちを著者に告げた際のやりとりが、克明に再現されているのです。

とはいえ、単純な「泣ける話」だというわけではありません。それどころか、そこに次期社長に対する考え方の違いが絡んできたりするので、会社経営の難しさをリアルに実感できるのです。(192ページより)

✳︎

一度話を聞いてみたいと思った私は、サイトに載っていた「社員募集」という欄からメールを送ったのである。メールを送信したのは土曜日だったが、送ってすぐに電話がかかってきた。(中略)電話をくれた女性から「ぜひ一度来てください」と言われ、「月曜日に会社が終わってから行きます」と約束した。(110ページより)

金融再編成の波のなかで銀行員からの転職を決意し、上記のようなことがあったのが1999年暮れのこと。そこから著者の人生が大きく変わっていったわけですから、ひとつひとつのエピソードにリアリティがあるのも当然だといえるでしょう。

(印南敦史)

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