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東池袋大勝軒の初代経営者が教えてくれる「仕事の極意」

東池袋大勝軒の初代経営者が教えてくれる「仕事の極意」

2003年に発行された『東池袋・大勝軒のオヤジさんが書いた これが俺の味』に、その後の10年弱の東池袋「大勝軒」での出来事を加えた書籍が、『東池袋 大勝軒 心の味』(山岸一雄著、あさ出版)。読んでいると大勝軒のラーメンを食べたくなるのが困りものですが、本書には注目すべき点があります。

それは、マニアックなラーメンオタクのためのものというわけではなく、すべてのビジネスパーソンの心に響くであろうビジネス書としても読めるということ。印象的に残った、いくつかのポイントをピックアップしてみます。

立地条件は最悪の場所(34ページより)

立地条件は、商売をするうえでとても重要な要素。しかし「立地条件がよければ成功する、というほど商売は甘いものではない」と、「店にとって必要な要素は何一つない、ないないづくしの場所」に店を構えた著者は断言します。

「立地条件がいいから黙っていてもお客さんは入るだろう」と胡座をかいていると、大切なことを見失ってしまうことになる。その大切なこととは、「美味しいものをつくって、お客さんに満足してもらおう」というラーメン屋にとっていちばん大切な気持ちである。当たり前のことのようだが、これを忘れてはいけない。商売するうえで最も重要な基本といえる。

この考え方がラーメン店のみならず、すべてのビジネスに通じるものであることはいうまでもありません。

「あきらめ」と「慢心」が成長を止める(38ページより)

オープン当初からの10数年間にわたり味の研究に精進してきたという著者は、「現状に満足せず味の研究に没頭できた」からこそ行列店であり続けられたと考えているそうです。そして、「気持ちがある状態に達したとき、成長は終わる」とも。その状態とは、「あきらめ」と「慢心」だといいます。

「あきらめ」は。「これ以上は自分には無理だ。できない」という心境に陥ったときにあらわれる。つまり自分に限界を感じているわけだが、それはこれ以上の成長は自分でも望めないと思っているということを意味している。そう思っている以上、成長するはずがない。

さらに「慢心」は、「自分はすごい。自分がいちばんだ」と自分に満足し切ったときに出てくるものなのだとか。

自分に満足するということは、「もうこれ以上の努力は必要ない」、つまり成長しつくしたと思っているということを意味している。いうまでもなく、成長しつくした以上、それ以上の成長もないということなのだ。

この努力に対する考え方もまた、すべてのものごとにあてはまるはずです。

一分、一秒のロスが命取りになる(88ページより)

著者が引退する前の池袋「大勝軒」の営業時間は、午前11時から午後3時までの4時間。静脈瘤という病気にかかり、長時間立ち続けることができなかったからです。しかし、だからこそその4時間は、全力をつぎ込む凝縮された時間だったといいます。

商売として成り立たせるためには、その4時間で1日分稼がなければならないということだ。私は資産家でもなければ、趣味でラーメン屋をやっているわけでもない。商売としてやっている。

つまり、4時間で8時間に相当する仕事をしなければならなかったわけです。

一分、一秒たりともムダにはできない。一分、一秒が命取りになるからだ。そんな緊張感が張り詰めた中での仕事である。非常に密度の濃い四時間なのである。(中略)この体験から私は、人間の潜在能力は計り知れないものがあると実感した。人間は追い詰められると「火事場のバカ力を発揮する」というが、その連続である。そしてそれをやっていくうちに、当たり前になり、また一つステップアップできるのである。(89ページより)

2004年の冬に店で意識を失い病院へ担ぎ込まれた著者は、その年の大晦日に引退を決意。店は弟子たちに譲り、現在は車椅子で生活しているそうです。いわば本書は、そんな状態になるまで人生の大半をラーメンという「仕事」に尽くしてきた著者だからこそ書けた作品。だからこそ、ひとつひとつのエピソードに重みがあるのです。

(印南敦史)

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