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「電気代500円」の主婦の考え方は、生活のヒントに満ちている

「電気代500円」の主婦の考え方は、生活のヒントに満ちている

電気代500円。贅沢な毎日』(アズマカナコ著、阪急コミュニケーションズ)は、ふだんここで取り上げているタイプの書籍とは趣が異なるかもしれません。なにしろ「一家4人で1カ月の電気代が500円」というシンプルな生活を実践する主婦がその考え方をつづったエッセイであり、当然のことながら、ビジネスパーソンの処世術と結びつくものではないから。

しかしここには、職種に限らずすべての人に共通する本質的な部分が反映されているようにも思えます。その証拠に「節約主婦」と言われている著者はまったく辛そうに見えず、それどころか、そんなライフスタイルを楽しんでいる。だから、心に訴えかけてくるわけです。

なぜ私がこういう生活をしているか。

それはただ、この生活が「好きだから」です。

1章「電気代500円の贅沢な毎日」を見てみましょう。

冷蔵庫も洗濯機も掃除機もありません。

当たり前に「ある」ものをなくしてみることで

生活の本質が見えてきます。

(18ページより)

まず、著者の家には冷蔵庫がないそうです。常温で保存できないものは数日以内に食べきり、残ったものを保存したい場合は、干したり漬け物にするなどして保存食に加工するのだとか。冷蔵庫は欠かせないと思われがちですが、冷やしてまで長く保存しておかなければならない食材なんて実はそんなにないといいます。

また洗濯機もなく、洗濯はたらいに溜めた水に石鹸を溶かして手洗い。掃除気もないので、掃除はホウキと雑巾を使うそうです。家にある電化製品は電球が3つとステレオ、お米の精米機、アイロン、扇風機、パソコン、固定電話くらい。テレビは観るときだけ押し入れから出すとうのだから徹底しています。

なんでもある状態に慣れてしまっている立場からすれば、かなり不便そうにも思えますが、「なくても困らない」ものは意外と多くあるというのが著者の主張。それどころか、いま「あって当たり前」と思っているものを、もう一度見なおしてみると、生活の本質が見えてくるとすら主張しています。

便利さは求め始めるとキリがない。

機械や道具のせいにするのは

もうやめにしませんか?

(41ページより)

次々と出る便利な電化製品を、著者は欲しいと思わないそうです。一時的には生活が楽になるかもしれないけれど、所有物が増えるというストレスが大きいから。たとえば料理をするのにも、「包丁1本あればたいていのことはできる」といいます。

あまりに道具が増えすぎると、探したり管理をするもの大変です。そうすると、今度は「ある」ことがストレスの原因になってしまいます。

(43ページより)

機械に頼ることに慣れてしまうと、「それがないとできない」と思いがちです。でも「あるものでどうすればいいか」という発想に切り替えると、そんなにたくさんの道具は必要なくなっていきます。

(43ページより)

ちなみに著者がこのような考え方をするようになったのは、現在93歳の祖母からの影響が大きいのだそうです。

必要なだけ手に入れるのではなく

あるものでどうにかする精神を。

(51ページより)

祖母の口ぐせが「もったいない」なのだとか。そしてその考え方を引き継いだ著者は、「便利なものに頼りすぎると体や頭を甘やかすことになる」といいます。そしてその結果、「本来できたこともできなくなっていく」とも。

技術が進歩して便利なものが身のまわりに増えれば増えるほど、自分たちの能力や体力は衰えているのかもしれない。

(52ページより)

本書に書かれている言葉には装飾がなく、ひとつひとつが実直。そのせいか、読んでいるだけで気持ちがすーっと軽くなっていきます。だからといって著者と同じ生活がいますぐできるようになるかといえば、それを実践できる人は現実的に多くないでしょう。しかし、印象に残ったフレーズを心のどこかにとどめておくだけでも、間接的に少しずつ、なにかが変化していくのではないだろうかと思います。

就寝前に数ページ読むだけでもいいかもしれません。ぜひ手にしてみてください。

(印南敦史)

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