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安部かすみ

 - ,,,,  09:30 PM

Twitterでレイオフも体験したNY在住エンジニアが語る「波瀾万丈な人生」を楽しむ方法

Twitterでレイオフも体験したNY在住エンジニアが語る「波瀾万丈な人生」を楽しむ方法

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エンジニアとして、前職はTwitter、現在はニューヨークのスタートアップに勤務。河野十行(こうの・かずゆき)さんは、エンジニアなら誰もがうらやましく思うような輝かしい経歴を持つ。

しかし20代は波乱だった。大学を中退し、スキー場、自動車工場、パソコン修理工場と渡り歩き、その後も派遣社員、正社員、フリーランスと職を転々としてきた。「先のまったく見えない日々でした」と、河野さんは当時を振り返る。

アメリカに渡ったきっかけは? Twitterを辞め、なぜ今はニューヨークに? 河野さんの話を聞くと、人生とは一寸先に何が待っているか予想すらつかないもの。だからこそ面白く、たとえ道を外れたとしてもいつでも軌道修正できるのだと改めて思う。

河野十行(こうの・かずゆき)
アジア系ユーザーを対象にした米マッチングサイト「East Meet East」のエンジニア(テクノロジー・ディレクター)。大学を中退後、スキー場や自動車工場で住み込みアルバイト、パソコン修理工場勤務を経て、プログラマーとして派遣社員、正社員、フリーランスと渡り歩く。2013年1月にTwitter本社(米サンフランシスコ)にエンジニアとして採用され、2015年12月にグループレイオフされるまで3年間勤務。その後ニューヨークに移り、2016年1月より現職。


将来がまったく見えなかった20代の日々


── 日本で職を転々としていた頃、将来についてはどう考えていましたか?

河野:将来のことは何も見えていない状態でした。地元大阪の大学に入学し自分で学費を払っていたのですが、学ぶことがつまらなくて、2週間で退学を決めました。その後、3年間白馬のスキー場で冬場だけ住み込みをし、スノーボードに打ち込んでいた時期もあります。

── テクノロジーの世界にはどのように入ったのですか?

河野:もともと小学生の頃から遊びでプログラミングをしていて、漠然とですが、大学を辞めてもコンピュータを使った仕事ができるのではないかと思っていました。自動車工場で働きながらプログラミングを独学し、パソコン修理工場に転職し、その後、派遣社員としてプログラマー職に就きました。半年単位のプロジェクトごとにいろんな会社を渡り歩くという働き方をしていたのですが、プロジェクトを終えるごとにスキルも身に付き、プログラマーとしての自信がつきました。

── その後、正社員として採用されたんですよね。

河野:そうですね、正社員としては計5社で働きました。居心地は良かったのですが、このままずっとその会社で働き続けるイメージが湧かず、在職期間は各社1~2年ずつでした。

このように20代はずっと地に足が着いていない状態だったので、「同じ状況が30代も続くのならあまり楽しくないな」という危機感が常にありました。


Twitterから突然のオファー。そして渡米 


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── もやもやしていた日々から一転、Twitter本社に就職を果たしました。そもそも、どのような経緯で決まったのですか?

河野:ある日突然、Twitter本社の日本人スタッフからメールが届いたんです。僕は当時、趣味でいろんなプログラミングを書いてGitHubなどで公開していたのでそれを見たのかツイートを見たのか、または人の紹介なのかわかりませんが、僕のことを知ってコンタクトしてくださったようです。ちょうどTwitterがインターナショナルな開発チームを拡大しようとしているときで、アメリカ人以外のエンジニアを積極的に採用していた時期でした。

── 面接はどのように行われましたか?

河野:本社から来た方が、東京の日本支社で面接をしてくれました。いろんな課題を出されて、それを実装するにはどう設計して作っていくのか、擬似的に問われました。何となく「落ちるだろう」と思っていたのですが、受かってしまいました(笑)。

しかし喜びも束の間、労働ビザの関係で採用の話は一旦なしになってしまったんです。でも何とかほかの種類のビザ取得の可能性を探り、1年半ほど日本支社で働きながら、渡米できる日を待ちました。


アメリカで、世界的大企業で、働くということ


── Twitter社ではどのような仕事をしていましたか?

河野:最終的にはシニア・ソフトエンジニアという役職で、プロダクトの国際化を進めるために、さまざまな言語できちんとTwitterが使われるような開発に取り組んでいました。サイドプロジェクトとしては、未だにたくさんの人に使われている『Hashflags』のiPhone版・Android版の開発もしました。

── アメリカの世界的大企業で働くというのは、どんな日々でしたか?

河野:毎日粛々(しゅくしゅく)と開発していました。スケジュールは無理なく現実的で、残業する人もほとんどいないし、給料もいいし、真面目に働きさえすればきちんと評価もされるしで、働きやすい環境でしたね。

私生活とのバランスもうまく取れていたと思います。僕はスポーツが好きで、日本にいたときはスノーボードやスケートボードを、今はインラインスケートをしていますが、サンフランシスコではサーフィンを始め、すっかりハマってしまいました。毎朝7時半ごろ海に行き、1~1時間半くらい波に乗ってそれから出社するという生活でした。日本ではおそらくできなかったことだろうと思います。

── やりがいや同僚からの刺激、アメリカのエンジニア界で働く厳しさなどを感じたことはありましたか?

河野:大きな会社ですから影響力も大きく、作ったものが世に出て多くの人に使われるというのが一番のやりがいでした。会社には、天才と言われる部類のエンジニアや優秀なデザイナーがたくさんいて、刺激は多かったです。

当時感じた厳しさは、英語がうまく喋れないことでした。チームでランチをしているときも何も喋れず、毎日居心地の悪さ、メンバーに対して申し訳なさを感じていました。チームの雰囲気って結構大事なものなのに、そこに自分はまったく貢献できていないというような負い目を常に感じていましたね。言葉が喋れず、日々のちょっとしたコミュニケーションにも苦労するというのは結構精神にこたえるものなんですね。

でも「本当に大変」だと思ったのは働き始めた頃とこのような状況のときぐらいで、総合的に考えると、何とかなるものだと今は思います。言語の壁をどう乗り越えるかは、将来海外で働きたい人にとって心配なことかもしれませんが、ミーティングではエンジニアとして知っている英単語が飛び交うので、会話の内容は推測できます。どうしてもわからなければ、後でチャットやメールで確認もできますしね。

── 日米の働き方の違いを感じたことは?

河野:違うことだらけです。日本は協調性ありきで人の和を重視しますが、そのせいで目的を見失ったりすることもよくあるんじゃないでしょうか。その点、アメリカで働いている人の方がチームワークがうまい気がします。目標を明確にしてそれに向かって各チームが持てる力を発揮していく。こっちの人は、そのプロセスが体に染みついていると感じます。


突然の解雇通知。そしてNYへ


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── ところが、勤務3年で突然レイオフされてしまったんですよね。当時の状況を教えていただけますか。

河野:2015年10月、全従業員の8%にあたる336人がレイオフされました。さまざまなチームが対象となり、僕のいたチームは数人を除いて全員がレイオフの対象となったのです。朝出社したら突然今日までと告げられ、頭が真っ白になりました。残りの社員の話では、その日は通常にぎわっている食堂に人が全然いない状態だったらしいです。

── レイオフの理由は何だったのですか?

河野:最優先であるプロダクトに集中するためと、会社全体の効率性を上げるためだったと思います。まぁでも、レイオフ自体アメリカでは普通に行われることですからね。市場的には優秀な人材が放出されるし、エンジニアにとって次の仕事を見つけるのは難しいことではないので、業界全体にはいいこととして捉えられています。だから企業側も思い切ったレイオフができるんです。

それにレイオフのパッケージ自体は非常に良かったです。退職後2ヵ月間、給料が支払われ健康保険も保持でき、退職金も出たので、金銭的なことや転職のことは心配なかったんですが、一番の懸念は労働ビザでした。ビザの関係で、2カ月以内に妻子共に日本に帰国しなければならず、引っ越しだの車の処分だの後処理のことを考えると暗澹(あんたん)たる気分になりました。

── そこからどのようにニューヨークでの就職が決まったのですか?

河野:レイオフされたことをツイートしたら、いろんな方から働かないかと声をかけていただき、また企業のリクルーターからもたくさんメールをいただきました。その中の1人が今の会社「East Meet East」のCTOで、レイオフの2週間後にはニューヨークで会い、トントン拍子に新しい仕事が決まりました。

── 新しい職場ではどんな仕事をしていますか?

河野:「East Meet East」は、アジア系ユーザー向けのマッチングサイトなんですが、ここでテクノロジーディレクターとして、主にモバイルアプリ開発をしています。会社はサービス内容と共にどんどん成長していて、2016年の売上げは前年比770%の伸びでした。もっと多くのユーザーに使ってもらい利益率が上がるようにがんばっています。

── 今のスタートアップと以前の大企業。どちらが自分に合っていますか?

河野:自分で決めてできることが多いスタートアップの方が、僕には向いていると感じます。

今の会社では、有料ユーザーを増やし利益率を上げるために、ユーザーが何を求めているのか行動をデータ分析して改善策を練り、実装して、効果を検証する一連の取り組みをやらせてもらっているので、チャレンジングなことですが、やりがいがあって面白いです。

Twitterのような大企業では、分析や検証はプロダクトマネージャーといわれる職種の人たちが、データサイエンティストらと一緒にやっていて、僕らエンジニアは機能の実装を担当する1つの歯車にすぎないのです。

もう一点、スタートアップがいいと思うのは、ビジネスの意思決定に関われることです。Twitterのような大規模な組織だと、ビジネス上の意思決定に末端のエンジニアが関わるなんていうことはまずできないんですよね。


「僕らは未来から現代にやって来た」


── これまでいろんな転機や局面を乗り越えてこられてきたんですね。人生で迷っている人、何を仕事にしていいかわからない人にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?

河野:何ごとも経験、そしてタイミングが重要なので、チャンスが転がり込んできたときに掴むっていうことでしょうか。会社も1つだけじゃないので、いろんな会社を経験するといいでしょう。レイオフも自分にとってはいい経験でした。

日本は一般的に、大学も企業も一番いいとこに行くのがいいなどと、1つに決めたがる傾向がありますよね。そしてそこからあまり変化しない人生を望んでいる人が多いのかなと思います。

また、人生や仕事とはこういうものだと、無意識のうちに環境やキャリアを想定内のものにしている人も多い気がします。歴史を振り返るとたったこの何十年かでできた習慣からの思い込みにすぎないのに、突飛な行動をしないですよね。

僕はキャリアの出発点からしてほかの人とはだいぶ違っていたので、人と違う選択や行動があまり気にならないですし、周りを見ても転職している人、人生の振れ幅が大きい人の方が有意義に生きている気がします

チャンスがあっても辞退している人や、転職や留学をしたいと思っても躊躇(ちゅうちょ)している人がいれば言いたいです。やらないことによる機会損失ほどもったいないものはありません

── 海外で挑戦したいと思っているエンジニアにアドバイスをいただけますか。

河野:興味があったら若いうちに海外に出たほうがいいです。そもそも優秀で新しい時代に適応できるエンジニアがアメリカでも足りていない状態だから、チャンスは多いです。アメリカの場合、職場環境が良いのと、給料は確実に日本の2倍に、優秀な人は3倍になります。

エンジニアって僕もそうですが、変わっている人が多いというか頭のネジがちょっと違うっていうか(笑)、世の中がロジカルに見え、一般の人と性質がまったく違うと思います。僕は営業とか絶対にできないし、この職業がない時代に生まれていたらどうやって生きてこれたか...。

でもITの世界は今後もどんどん続いていくわけで、これは僕らにしかできない仕事なので、僕らは未来から現代にたまたまやって来た人間だと、大局的に自分を認識した方がいいと思います。

未来から特殊能力を持ってやって来ていて、いろんな可能性があるにも関わらず、不当に飼いならされ、こういうものだと思い込んでいるのなら、もっとよい職場環境があるということをちゃんと理解したほうがいいです

とにかく今の時代にエンジニアとして生きているって、めちゃくちゃラッキーなことで、そのスキルを生かさないのはもったいないです。エンジニアであるだけで、大学もろくに出てないような僕がニューヨークで働けるのですから、面白いですよね。




若いときは特に経験も少なく、何かと迷うもの。英断を下すための具体的な方策を尋ねると、「本を読むこと」と河野さん。

「僕がそこまで道を誤らなかったのも、もともと本が好きで読んで、自分の頭で考えてきたから。ブラック企業でヘトヘトになるまで働かされるような状況だとしたら、それに飲まれるのではなく、それを理不尽だと認識する強さが必要。その強さを得るためにも本は有効」とのことでした。

ちなみに、以下は「河野十行さんおすすめの本、3選」です。気になる方は、これらの本も参考にしてみてください。

『英語コンプレックスの正体』
日本人が英語に対して持つ複雑な気持ち、コンプレックスの本質をついた本。これを読むと自分の英語に対する態度について言い訳できなくなります。

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
身の回りで起こる人間関係の問題は実はすべて自分で引き起こしていることに気づかせてくれる本。これを読んで、過去の自分の行動の原因がよくわかるようになりました。

『アナキズム・イン・ザ・UK』
「壊れた英国」の生々しい現実が垣間見れる本。いろんな意味で衝撃的な1冊でした。



(取材・撮影/安部かすみ)

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