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印南敦史  - ,,,,  06:30 AM

「企画書はA4・1枚」は本当か? アイデアを企画にするため、心にとどめておくべきこと

「企画書はA4・1枚」は本当か? アイデアを企画にするため、心にとどめておくべきこと

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とらわれない発想法 あなたの中に眠っているアイデアが目を覚ます』(前刀禎明著、日本実業出版社)の著者は自らの歩んできた道について、「組織人としても幸福だった」と記しています。

勢いがあったころのソニーを辞め、コンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーに転職。その後、ウォルト・ディズニー、AOLを経てライブドアを創業。さらにはスティーブ・ジョブズと出会ってアップルに入社し、日本市場でアップルを復活させたというのですから、たしかに華々しいキャリアです。そして、常にアグレッシブな社風の企業に身を置いてきた結果、その内部でいかに自己を形成すべきか、身をもって知ったのだといいます。

仕事の上での自分らしさの追求のためにはなにが必要か? それは仕事でも自分自身が主体となって、「感じ・考え・動く」こと。真の意味で、仕事で自己実現を図るのです。自分らしく生きる、その器として仕事があるべきなのです。
その第一歩は人まねではない発想をすること。そして、その発想を企画化し、仕事へと膨らませていく地肩を身につけるのです。(「まえがき とらわれないことが豊かな発想を生む」より)

だからこそ、いま思いどおりの仕事ができていない人にこそ、本書を読んでもらいたいのだといいます。そして、自分らしい発想を徐々にでも周囲に認めさせ、いずれは自身主導で企画を成立させてほしいのだそうです。

そんな思いが込められた本書の第5章「アイデアを企画にしてみる」から、企画書についての考え方に目を向けてみましょう。



「企画書はA4・1枚」ははたして正しいのか?


覚えている方も多いでしょうが、数年前、「企画書はA4・1枚」というフレーズが流行ったことがあります。たしかに企画書は一覧性が高く、「なにを訴えたいのか」がすぐわかるに越したことはありません。同部署内では特にそうで、成員が共通の問題意識や感覚を持ち合わせ、必要以上の説明も不要なら、極力そうすべき。それは著者も認めています。

しかしテーマにもよるとはいえ、社内の部外者やクライアントにA4・1枚で説得するためには、緻密なメッセージの単純化が必要。そのため結局は分厚い「資料編」などを別途配布するなどの二段構えになり、読み手を煩わせてしまうことになったりもします。

しかも「1枚企画書」のほうには情報がぎゅうぎゅうに詰まっているため、非常に見づらいということもしばしば。簡略化を志向する割に、さまざまな混乱が見られるという状況を生んでしまうわけです。

自分自身の理解のためなら、手際よく1枚の紙に書き込むのも要点を押さえる研鑽になるでしょうが、それでは単なる自己満足。企画書とはあくまで実用に徹するにせよ、立派な自己実現なのです。(172ページより)

さらに著者は、「1枚企画書」の手引書などに付属していることの多いテンプレート例の矛盾をも指摘しています。それらテンプレ例は、マニュアルどおりにていねいに取られたノートを連想するというのです。しかし、そもそも勉強のできる人は、そんなにノートを取らないはず。授業や講義の前に教科書や副読本をきちんと読んでいれば、わざわざノートに書く事柄は少ないということです。

「企画は大切な自分の赤ん坊」だと著者は比喩します。にもかかわらず、書面をまとめるために既存のテンプレを使うなど、産着を着せずに外に出すのと同然だというのです。プレゼンを前提とするのか、部署内の回覧をするのかで企画書の表現方法も変わってくるのに、そんな安易な気持ちで企画提案をすること自体がおかしいとも。

エラい人がそう言うからと、相手にとってコンフォタブル(快適)でない1枚化に固執するのも愚かです。紙を何枚費やそうが、それでわかりやすさを追求できており、最後まで読み通させられるなら、どう書いたって自由なのです。その表現力さえあれば...。(173ページより)

そもそも会議にラップトップやiPad持参で参加するのが当たり前の時代に、「紙にプリント」なんて流行らない。A4とか1枚と言うサイズ認識も時代錯誤。著者の的を射た指摘には、強い説得力があります。(171ページより)


企画書に物語はあるか?


企画書に限らず、どんな読み物にも物語が必要。それは、テレビでいえば報道エンタメのコンテンツづくりに近いと著者はいいます。そこで重要な意味を持つのが、「出だしでどうやって見る者のハートをつかむか?」「山場はどこに置くか?」「オチはどうつけるか?」など。そして、それらをまず書き出してみること。

そのとき、これまでうまくノートを取ってきた人は、見本など見なくともサクサク書けるものだというのです。テーマと構成要素さえ知れば、その展開(ストーリー)が見抜けるから、自分流であっても書けてしまうということ。

ちなみに「企画書=パワーポイント」という考え方が一般的ですが、通常の文書ソフトで充分なのだとか。むしろパターン化したパワポの使い方は、それだけで悪印象を与えかねないとすらいいます。

そして、こうしたことを踏まえ、著者はここで本書の企画書をつくろうとしています。まず印象的なのは、タイトルについての考え方。書籍にとってタイトルほど雄弁なものはないため、それがドカンと頭にあれば、コンセプトの大半は説明可能。しかし、それをあえて小さく置き、まずメッセージを要約して大書すべきだというのです。

[発想は日々をどう生きているかの証である](175ページより)

次のステップは、その理由をいくつかに分けて箱書きすること。

[発想は生むのではなく生まれる][考えることは鍛錬というより癖][発想のタネは多ジャンルから見出す][あらゆる常識を疑う][すべてのルールは理解した上で飛び越える][五感を駆使して第六感に辿り着く](175ページより)

このようにしたうえで、ようやくコンセプトを簡潔に文章化するということです。そこに含まれているのは状況分析と、具体例を含む打開策の抜粋ですが、反復して使用できるキーワードに留意すべきなのだとか。

「発想にマニュアルはいらない」はずなのに、世の中には思考をフレームに押し込み、アイデアをひねり出させようとするような、不自由な発想本ばかりがあふれていると著者は指摘します。しかし、発想は日々の実り。耕作してもできず、工場で生産することも不可能。自由な発想を得るために、日々を充実して生きることこそ大切だという考え方です。

生活とは即、努力だ。それは人間の進化が証明している。しかし、努力を打算で捉えたら失敗する。...発想とは自由で楽しい営みだ。そう信じて怠らねば、不意に実りは訪れる。(175ページより)

なお著者はここで、俳人の飯田龍太氏の『俳句の魅力』(角川選書)という書籍から以下のフレーズを引用しています。

「俳句というものは、おかしな文芸である。努力しなければもとより実りはない。努力したからといってそれがただちに現れるものでもない。ある日あるとき、何の前ぶれもなく実りが訪れる」(176ページより)

俳句は、ブレストや発想から成案を得るために役立つと著者は主張しています。俳句は17音の究極のミニマム文学ですが、そこで生まれるイメージの広がりは大きく、その証拠に松尾芭蕉のような名手には、深い物語性をたたえた句が多いというのです。

抽象的な言葉は、具体的な文章内容のなかでこそ光るもの。企画書に必要なものも、大河小説のような物語性ではなく、短い表現であっても起承転結があり、先を読みたくさせるような叙述力だといいます。企画力を磨くために俳句を学ぶというのは、新鮮な発想ではないでしょうか?




数々の実績に裏づけられているからこそ、著者のユニークな主張には不思議な魅力があります。発想力を高めたいのなら、読んでおくべき1冊だといえるかもしれません。


(印南敦史)

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