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ライフハッカー編集部  - ,  07:00 PM

仕事において、「マジメ」と「いい加減」は対立しない

仕事において、「マジメ」と「いい加減」は対立しない

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いい加減に見えるのになぜか周囲の評価は高い、という人は存在します。そこで今回は、「マジメさとはなにか」について考えていきます。以下、サイボウズ株式会社のオウンドメディア「サイボウズ式」のこちらの記事より転載いたします。


「あの人、いい加減なのに魅力あるよな~」と思ってしまう人っているんじゃないでしょうか。いつもテキトーなのに笑って許されるような人。マジメにやっている方が損した気になって、でもどこかうらやましいような...。

高田純次さんを嫌いな人はなかなかいないのではないでしょうか? 個人的には芥川賞作家の西村賢太さんも好きです。テレビ番組で「文芸誌に締め切りなんてあってないようなもの」と言い切って、湊かなえさんと石田衣良さんが唖然としていたのは爆笑しました(笑)。


マジメであることは本当に必要か?


さて、みなさんは職場でマジメですか? いい加減ですか?

学生を終え、社会人になって真っ先に求められるのは「品行方正」であることでしょう。まず時間に遅刻をしない。客先だけでなく自社でも恥ずかしくない服装をする。正しい言葉づかいを守る。

これらは広い意味でのマナーであり、ドレスコードであることは間違いありません。が、「絶対」ではないのです。

現実として、同じ環境なのにルールを逸脱して許される人と許されない人がいる。盲目的にマジメであることを自分に課している人は、不公平さを嘆くのではなく、そのマジメさが本当に必要なことなのかを再度チェックしてみた方がいいです。

言い換えると、マジメさとは何か? を本質的に考えてみるということです。


僕のロールモデルになった先輩が教えてくれたこと。


そのヒントになったのは自分のロールモデルになった先輩の振る舞い方でした。

僕が惚れ込んだ先輩はマジメかいい加減かで言えば、明らかに後者でした。が、周囲の信頼は抜群で、管理職ですら彼の判断なしではうかつに動けないほど強い影響力を持っていました。

彼はありがたいことに僕を見込んでくれ、生来のルーズな部分を頭ごなしに否定せずに「教育」をほどこしてくれました。そのときに学んだことを書いていきたいと思います。


締めるところを締めろ。


彼に学んだことは「ルールは伸び縮みする」ということです。彼は年のわりにチャラめの服装でしたが、客先に行く用事がある際にはキッチリした服装をキメてきていました。また、ビジネスカジュアルの職場でしたが、謝罪の必要があるシーンではスーツをビシっとキメて先方に伺うことを徹底していました。

また、普段は前日の深酒により午前中は使いものになっていないシーンが度々ありましたが(よくコンビニでしじみのみそ汁を買っておいしそうにすすっていました)、案件の山場では誰よりも遅く残り、公私のすべてを仕事に注力しているのが傍目にもわかりました。それを見るとこちらの情熱もかき立てられました。さらにカッコ良いのは自分がそれだけやっていても他人には強要しないのです。

そう、「外してはいけないところ」を抑えていれば、他は少々ハメを外していても許されるのです。正確には「文句を言わせない」ということなんでしょう。

圧倒的なアウトプットを出しているから成立している、と思うでしょうか? もう少しハードルが低いのも紹介します。


根がマジメであることが明確である。


振る舞いの一挙一動がマジメであれば、その人がちゃんとしている人かどうかは誰にでも分かります。が、他人って「見てないようで見てる」んですよね。良くも悪くも。

そういう意味で、いい加減だけど愛される人って共通して「根がマジメ」なんですよ。高田純次さんの仕事仲間は例外なく彼のことを「すごくマジメ」と言っているようです。

くだんの先輩は客先にも上司にもそう思われていたのが明確でした。たとえば新規案件に関わったときに知識を吸収するための勉強熱心な姿は、どんな人よりもマジメでした。それ以外では調子のいい姿を見せていましたが...。

マジメすぎる人って概して「あらゆる場面でマジメでなくては、不マジメと思われてしまう」という強迫観念が強いように思います。でも、相手はちゃんと見てくれています。根っから不マジメなのか、根はちゃんとしているのにルーズさを出しているだけなのか。

だから、締めるところは締めながら「マジメさをゆるめる勇気」を持ってみてほしいな、と僕は考えています。


マジメの同調圧力って息苦しいでしょ?


というのも、マジメすぎる人って他人にもそれを求めがちなんですよね。自分がきっちりやっていると、やっていない人にいら立ってしまって。

特に後輩に対して、マジメの強要が連鎖していくのはよく見る光景です。それがあたかも社会人の常識であるかのようにして。

でも、勤務時間の融通にしても、服装にしても、残業時間にしても、「ゆとり」があって嬉しくない人なんて存在しないと思うんですよね。

僕が思うに「いい加減な人の魅力」ってそういうところも関係してると思うんですよね。つまり、彼・彼女らは他人にマジメであることを強要しない。なんというか、風通しをよくしてくれるような存在なんですよね。

見る視線を変えれば、「こういう身の振る舞い方もあるよ」と教えてくれていると言えます。


「マジメ」と「いい加減」は二項対立ではない。


結局のところ、いい加減さって言葉の通り「加減の良さ」なんですよ。

自分自身をどれくらい律するか? どこまで他人の要求に応えるか? あるいは他人に求める範囲はどこまでに設定するか? ルールとルーズさを守ることは排他関係ではなく、共存可能です。自分のバリューさえきちんと出せれば、コントロールすることができるものです。

そしてマジメさとは「信用の貯金」に近いと僕は考えています。

仕事ができる、あるいはこの人に任せられる、と思われることの本質は「信用」に他なりません。それがない人はできない人という評価であったり、フォローが必要な人材と思われるわけです。

そう、「いい加減だけどできる人」というのはそのバランスが上手いんですよ。ある意味では「自由・責任」がセットと言われる性質のものに近いと僕は考えています。自由に振る舞うためには、責任を引き受けなくては成立しない。

会社には(僕は大嫌いですが)「こう振る舞うべし」という暗黙のルール、同調圧力があります。それを無視して自由に振る舞う人は、ミスをしたときにつけこまれるスキを作っているわけです。

だから常日頃、窮屈な思いをして「マジメのアピール」をしておくことは貯金をコツコツ貯めるようなもので、少々のミスをしても大目にみてもらえる効用もあるんですよね。

結局は、他者からの「信用の貯金」を自分がどのように使いたいのか? ということなんだと思います。自分が使いたいときに小出しに引き出すのか、あるいは想定外の失敗をしてしまうときの保険として取っておくのか。

どちらを選択するのもその人の考え方次第です。でも、自分で自分を苦しめない選択肢は存在する、あなたにそれを選ぶ権利はある、ということだけは伝えておきたいな、と僕は考えています。


「うわべだけがマジメ」になろうとしない。


そして一番危険なのは「とりあえずマジメ風に見せておけばいい」とナメた態度を取ることです。

前述したように、人は見てないようで見ています。一見、マジメに振る舞っているようで周囲から信用されない人というのは、それがバレているのです。見せかけのマジメさは信用の貯金につながりません。

それでは見せかけ「ではない」マジメさとは?

僕が考えるマジメさの本質とは「何に対して誠実であろうとしているか?」です。仕事のクオリティを高めること、仕事の速度を上げること、納期を死守すること、とにかく人との約束を反故(ほご)にしないこと。何を選択してもよい。

その人が誠実に、真摯に向き合っている対象が明確である場合、それは信用に値するものだと人はみなします。反面、何を大切にしているのかわからない人は信用されません。場当たり的にいい顔をしているだけだと思われるだけです。

そして、それが所属している部署の利益あるいは理念と合致しているときに、評価がついてきます。見せかけだけがマジメな人、マジメだけど報われない人はこれを意識できていない人だと言えます。

表面的なマジメさではなく、何に対して誠実であろうとしているのか? そのことを一考するきっかけになれば幸いです。


「マジメだけど評価されない」「いい加減だけど評価される」人たちに学ぶ、マジメさの正体 | サイボウズ式

(桐谷 ヨウ)
Photo by shutterstock.

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