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ライフハッカー編集部  - ,,,,  11:00 PM

世の中は理屈だけでは動かない。クリエイティブ塾 Vol. 6:『現代ビジネス』ゼネラルマネージャー瀬尾傑さん

世の中は理屈だけでは動かない。クリエイティブ塾 Vol. 6:『現代ビジネス』ゼネラルマネージャー瀬尾傑さん

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ライフハッカー[日本版]編集長の米田智彦が開催する「クリエイティブ塾」は、編集者としてのクリエイティヴマインドを育成するワークショップです。今回は、ウェブメディア「現代ビジネス」のゼネラルマネージャーとして知られる瀬尾傑(せお・まさる)氏を招き、『月刊現代』、『FRIDAY』など、数々の編集部を渡り歩いて得た洞察について語っていただきました。

1988年 日経マグロウヒル(現・日経BP)社入社。経営企画室、日経ビジネス編集部などを経て退職。1993年 講談社入社。『月刊現代』、『FRIDAY』、『週刊現代』各編集部、『ジャーナルラボ』などを歴任。『月刊現代』の休刊を機に、2010年に現代ビジネスを企画・創刊。現在は講談社 第一事業戦略部長 兼 『現代ビジネス』 ゼネラルマネージャーを務める。


記者採用されたのに、配属先は「経営企画室」だった


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米田:瀬尾さんのキャリアなんですが、最初は日経系の出版社から始められたんですよね。

瀬尾:はい。ジャーナリストになりたくて、日経マグロウヒル(現・日経BP)に入社しました。もともと就職する前には、会社に入って2~3年書かしてもらったら辞めてフリーになろうと思ってたんです。それで就活のときいろいろ調べてた。最初、新聞記者になろうと思ったんですけど、新聞社って入ると、まずは地方の支局に行かされていわゆる「サツ回り」っていう警察の担当をやる。夜討ち朝駆け、一生懸命やって、書くのは子供が迷子になったとか、交通事故があったとかの小さなベタ記事なんですよね。そうやって、若いうちにこき使われて、ようやく4~5年たって東京に戻ってきても、そこでもずっと毎日、夜討ち朝駆け。結局、若いうちにまともな記事なんて書けないんじゃないか、と思ったんです。いろいろ調べたら、日経マグロウヒルってすごくいい会社で、入社したらすぐ書かせてくれるんですよね。しかも、署名原稿なんです。

米田:新聞は名前が出ないですからね。

瀬尾:いまは毎日新聞や朝日新聞が一部で取り入れてますが、当時は日本って署名原稿がほとんどなかった。だから、いいなと思って日経BPに入ったんですけど、記者枠で採用されたのに、配属先が経営企画室だったんです。なんか研修中に悪いことしたのかと思って、本当に心配したんです。キャリアのスタートは暗い気持ちでオフィスに向かうことになったんですが、結果的に言うとこの経験が今の仕事につながっています。

米田:なるほど。経営企画室で新規事業を担当したんですね。

瀬尾:そうです。ここでの経験は本当に役立ちました。例えば、当時創刊に関わった『日経リゾート』っていう雑誌で、要するにリゾート開発業者とかゼネコンとかのバブル企業が読む業界誌なんです。これが設計上どんなもんかというと、だいたい年、部数で2万部ぐらいだけど、黒字になる設計だったんですよね。そして実際に黒字でした。普通に考えると、日本で雑誌は2万部じゃ成り立たない。だけど、街角で買うようなコンシューマーモデルの売り方ではなくて、直販モデルなので、返本もゼロ。なおかつ、読者がハッキリしてるわけですよ。リゾート開発とかホテルやってる人だから。

米田:価格も高く設定できそうですね。

瀬尾:そうですね。なおかつ広告も、B to Bの企業向け広告がたくさん入る。例えば、ホテル業者だったら寝具とか。だから、2万部でも全然成り立つというビジネスモデルだったんですね。この、ダイレクトマーケティングの発想っていうのは、ほかの出版社ではやっていなかった。これが今、デジタルやるときに、やっぱり一番役に立ってますね。


ネットの時代でも、あえて現地に行く意味


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米田:後に講談社に転職されますが、『月刊現代』、『FRIDAY』、『週刊現代』など、各編集部ではどんな取材をされましたか?

瀬尾:『月刊現代』の編集をしていたときに、イラクに取材に行きました。イラク戦争自体は一瞬で終わったんですけど、終わってからどんどん治安が悪くなったんです。警察がもう崩壊して、いろんなテロが起こり始めて大変になったんですけど、当時、自衛隊が治安維持のために派遣されるとなって、じゃあそこを取材しようと思って行ったんですけど、隣国のヨルダンから陸路で入るしかないんですよね。輸送用に高速道路が残ってるんですけど、ここはもうテロリストが外国人が通るからってみんな狙ってるわけ。でも、そこを強行突破するしかなく。

その道を走ってるその日、今でもよく覚えてるんですが、僕らが走ってるジープみたいなデカい車を後ろからホンダのアコードが追い掛けてきたんですよ。120キロぐらい出ていた車を追い越し、幅寄せしてきた。車を止めると、映画に出てくるような黒いTシャツ、黒いズボン着た4人組が自動小銃を持ってばーっと出てきて。頭に銃を突きつけられました。

米田:それは大丈夫だったんですか?

瀬尾:そのときはとにかく外国人に対する嫌がらせが目的だったようで、お金やモノは取られましたが、命は取られずに済みました。けど本当に死ぬかと思いましたね。実際、バクダットで合流して一緒に現地を取材したカメラマンの橋田信介さんと小川功太郎君はその後でテロリストに殺されてしまいました。

米田:そういう状況でも、現地に行こうと思ったんですか?

瀬尾:そうですね。やっぱり現場に行って見えるものっていうのってすごくあるんですよ。日本にいても情報は入ってくるんですけど、やっぱり現場でしかわからないものっていっぱいあるわけですね。例えば、僕らが行く直前に米軍がフセインを捕まえたんですけど、そのときフセインが隠れていたという穴があったんです。フセインは最後に追い詰められて、ティクリートというイラク北部の本拠地に隠れてたんですけど、その隠れ家の穴の中にいるところを米軍に捕まったっていう話なんですよ。

で、実際、現場を見に行ったんですよ。そしたら、その穴が本当に狭かったんです。人1人が入れるぐらいの穴なんです。よく映画で見る棺桶を入れる穴をちょっと深く掘ったくらいの穴なんですね。農家の裏側にそんな穴があって、そこに隠れてたっていうんです。だけど独裁者が一番最後に隠れるところが、そんな小さな穴なわけがない。

米田:確かにそうですね。

瀬尾:どう考えてもこんな穴じゃあり得ない。結局、僕らいろいろ取材したんですが、当時、地元の勢力の誰かが米軍にフセインを引き渡したんだと考えられるんですよね。ところが、誰かが引き渡したかっていう話になると裏切り者がわかってしまうわけです。そのために、米軍がこういう穴で見つけたというストーリーを作り上げた。この話も、やっぱり行ってみないとわからないわけですね。


世の中は理屈だけじゃ動かない


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米田:『FRIDAY』ではどんなことをしていたんですか?

瀬尾:僕の場合、『日経ビジネス』とか、『月刊現代』とか、割と硬派な政治とか、経済とかの取材ばっかりしてたんですが、『FRIDAY』に異動になって困りました。ハッキリ言って僕、芸能人って知らないんですよ。で、いろいろと考えたんですけど、「政治家の密会」とかよく言うじゃないですか。夜中に誰と誰が会ってたとか。

米田:料亭とかでってことですね。

瀬尾:そうです。料亭で政治家が談合をやってるとか、企業が官僚を接待してる場面とか、うわさには聞くけど、みんなが見たことない。そんな現場を男女の密会みたいにして撮るという企画を考えました。芸能人の追っ掛けをするように官僚を追い掛けて、接待の場面を撮ったりとか。当時は、「ノーパンしゃぶしゃぶ」っていう風俗接待を、銀行がやったりしたんですね。

当時の一番の問題は、大蔵省が、財政機能と金融機能とを両方持ってることだったんですね。財政と金融とは時々、対立することがあります。例えば、当時、バブル崩壊のときだったんで、本当は銀行を早く潰せば良かった。そのほうが日本の財政にとっては良くて、景気を守ることができたわけです。ところが、大蔵省の官僚が銀行に天下りをしているから。だから、銀行をつぶすことができないという構造になってたわけですね。結局、銀行つぶせないまま、失われた20年みたいなことが起きちゃうわけです。

『日経ビジネス』にいたときは、大蔵省を財政と金融を分離しろっていう記事を書いたんですね。今の、財務省と金融庁みたいに分ければいいっていう記事です。それを書くと、読んだ人がみんな、いいよな、そのとおりだよ、もっと書いてくれてって言ってくれるけど、結局それだけなんですね。世の中は変わらないわけですよ。

ところが、僕が『FRIDAY』でやったときみたいに、銀行が大蔵省の官僚を風俗で接待していることを書くと、『FRIDAY』を読んでる一般の人も怒り出すわけです。役人は威張ってるのに、こんな接待までされて! となるわけです。結局、その怒りが検察を動かし、銀行の行員や大蔵省の役人が逮捕されたりするわけです。結局、財政と金融の分離を実現してしまうんですね。つまり、国民の怒りによって、大蔵省が財務省と金融庁に分離してしまったわけです。

だから、いくら理屈でいいこと言ったって、やっぱり世の中は理屈だけじゃ動かないということなんですよ。

米田:世界を動かすのは感情ですよね。こないだの英国のEU離脱の投票結果もそうなのかもしれません。

瀬尾:そうですね。日経新聞の社説を読んでるような人がいくら正しいことを言ったって世の中は変わらなくて、本当の意味での大衆が動かないと、やっぱり世の中って変わらないんだなっていうことを実感しました。

米田:その後、『月刊現代』の休刊を機に、ウェブメディアの『現代ビジネス』を立ち上げられてますよね。講談社内の社内ベンチャーのようなものとおっしゃってましたが、どのような背景があったんですか?

瀬尾:「現代ビジネス」は会社からプロジェクトとして与えられたわけじゃないんです。当時の『月刊現代』は、さっき言ったようなノンフィクション、調査報道を柱にしていたわけです。その雑誌が売れないから、つぶれちゃったわけです。でも、僕はノンフィクションや調査報道がやりたくて講談社に入ったんで、そういうことができなくなったら、この会社にいる意味がないなと思って。

それなら自分の手でそういうメディアをつくれないかと思った。当時は『週刊現代』にいたんですけど、紙メディアも含めて、いろいろな方法を探しました。結局、紙は難しいけど、デジタルなら可能性がありそうだなとわかったんですね。自分で事業計画を立てて、パートナーを探し、営業も自分でやってお金を引っ張ってきた。勝手な社内ベンチャーなんですけど、こういう事業計画でやりますよというのを当時の上司に持っていきました。そしたら、上司からは「絶対儲かるんだろうな」と言われて、ぼくもそんなもんわからなかったけれど、「絶対に儲かります」と言い張って、そんな経緯で立ち上げましたね。それが2010年のことです。

米田:当初はどんなコンセプトで、どんな読者層を考えていたんですか?

瀬尾:「現代ビジネス」を立ち上げるときに、これまでの雑誌にはない世界を構築したいなと思っていました。『日経ビジネス』や『ダイヤモンド』は、基本的に「大企業の会社員」が読者なんですが、それとは違う世界ですね。そういう意味で、起業家であったり、あるいは新しい働き方、新しい生き方をしてる人を取り上げることにした。それと同時に、企業のケーススタディや仕事の進め方ではなく、もっと本質的な情報を扱いたいと。口幅ったいけれど「ネット上のクオリティマガジン」を目指したんです。

読者ペルソナとしてまず一番最初に考えたのは、ビジネスという名前を付けたんで、ビジネスパーソンに読んでもらいたいということですね。『日経ビジネス』よりも若い世代で「30代の情報感度の高いビジネスネスパーソン」というのが僕らの目標でした。まず最初は政治とか、経済の記事しか載せないことにした。『FRIDAY』的なスキャンダルだとか、芸能とか、バズが立つコンテンツはあるけど、それは扱わないと。ちょっと面倒くさい経済の話とかを読みたい人だけ来てほしいっていう感じでやることにしました。なおかつ、読者は霞ケ関にいると想定した。

米田:官僚ですか?

瀬尾:そう、官僚です。なぜかというと、やっぱり日本の社会って霞ケ関の人が読むと、その周りにいる業界の人が読むわけですよ。僕らはビジネスネスパーソンに読ませたいんだけど、ビジネスネスパーソンを狙っているのは、日経とかで、すでに競合メディアがたくさんある。そこと違って、僕らはもう霞ケ関だけにしぼった。政治の話を扱いますが、議員の誰と誰が仲がいいといった新聞の政治部的な話は載せない。あくまで政策議論なんです。すると、やっぱり霞ケ関の人間が気にして読み始めるわけです。その評判が広がって周りの人たちが読み出す、そういう仕組みなんですね。


瀬尾流、人脈のつくりかた


米田:コンテンツの話になるんですが、瀬尾さんは良い書き手をどうやって見つけてくるんですか? 実は僕も瀬尾さんに見つけてもらって『現代ビジネス』で連載させてもらった1人なんですが(笑)、瀬尾さんは特に、田原総一朗さんとか、重鎮の方ともつながってますよね。人脈形成という面に関して、どう考えていますか?

瀬尾:いかに彼ら作家が刺激を受ける新しいテーマを一緒に考えられるか、だと思うんですよね。これは相手が若い人でもベテランでもそうです。結局、僕は編集者は読者と作家をつなぐ人だと思ってるんですね。だから、作家が持ってるポテンシャルをどうやって引き出すかっていうことを常に考えてます。作家さん、クリエーターの方には、やっぱりそういう人を必要としてる人も多い。

相手のことを知り、アイデアを考える具体的な方法はいろいろあるんです。単純に一緒に酒飲むのもそうですけど、今の時代は酒を飲まなくても、FacebookとかTwitterとかでつながっていると彼の考えてることがだいたいわかってきたりもしますね。

現代ビジネスを立ち上げるときにはイケダハヤト君とか、高木新平君とか、既存のメディアに出なかったような若い人たちに協力をしてもらいました。面白いとウワサを聞いたり、ブログでみかけたりしたら、有名無名を問わずに会いに行きました。会いたいと思った人にはとにかく連絡する。TwitterとかFacebookでおもしろそうな人にはこっちから呼び掛けたり、そういう人たちが集まってるイベントには顔出してみたりします。だから、割とやってることはシンプルですよ。

米田:そうなんです。編集者における人脈形成ってシンプルなんですよ。シンプルなんだけど、若手の皆さんになかなか教えられないことなんです。やっぱりお食事とかお酒の席、ソーシャルも含めて、マンツーマンの付き合いの中で、アイデアが生まれ、コンテンツが生まれっていうことの繰り返しじゃないですか。

瀬尾:そうですね。僕が管理職だからすごく言いにくいんですけど、結局、人に会ったり、人とコミュニケーションしてる時間を労働と考えるのか、遊びと考えるか、ということだと思います。

これは元プレイボーイの名物編集長だった島地勝彦さんの言葉ですが、編集者は「明るい公私混同」だと思うんですよね。もう公も私もないんですよ。もうあらゆるときに考えてる。僕は子育てをしながら、この子育ての大変さについて何か記事にできないだろうかって考えたりするわけです。

米田:生活者であり、コンテンツのクリエーターでもあるということですね。

瀬尾:そうなんです。ハッキリ言って、全て遊びと思って楽しんだらいい。だから、公私混同が重要だと思います。もちろんお金や権限はダメですが、時間と人脈の公私混同っていうのは僕は必要だと思いますね。

米田:そうですね。編集者だけではなく、多くのビジネスマンにも通じる話だと思います。本日はありがとうございました。




世の中を変えるのは理屈ではなく感情である。これは全く色の違う編集部を渡り歩いた瀬尾氏ならではの洞察なのかもしれません。ライフハッカーでは、今後もクリエイティブ塾の内容をまとめて発信していきますので、ぜひ読んでみてください。


(聞き手/米田智彦、文・構成/大嶋拓人、写真/神山拓生)

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    香川博人

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