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ライフハッカー編集部  - ,,  08:00 PM

時代を超えた、モネとの競作。世界が再び注目するジャポニスム、平松礼二の世界

時代を超えた、モネとの競作。世界が再び注目するジャポニスム、平松礼二の世界

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印象派の巨匠クロード・モネゆかりの地、フランス北部のジヴェルニー。ここを中心にヨーロッパ各地で人々を魅了しているのが、日本画家・平松礼二画伯。ジヴェルニー印象派美術館の「平松礼二・睡蓮の池 モネへのオマージュ」展(2013年)には、同館の記録を塗りかえる7万4千人が訪れたといいます。

画伯は50歳を過ぎてからモネと出会い、モネに恋をしました。以来、それまでの東洋志向を一時中断してフランスに通い、印象派の絵画を追いかける日々が続いています。しかしその視線の先にはいつも、モネも見ていた日本画のオリジナリティーがありました。

19世紀後半、ヨーロッパで起こったジャポニスムは、モネをはじめとする印象派の画家たちに大きな影響を与えました。そこに触発され、平松氏は浮世絵の国に生まれた日本画家として応え続けています。琳派に通じる華やかさとデザイン性、日本画の画材を活かした艶やかな色彩美が魅力の平松芸術が、さらにスケールを広げます。

夫人の裕子さんが丹精込めた庭や、韓国の人々の暮らしなど、愛にあふれた作品の源泉についても語っていただきました。

ウェブメディア「Mugendai(無限大)」の記事より転載してご紹介します。


韓国をめぐり、自然の美しさと人間の営みを描いた時代


── どのようにして日本画家を志すようになられたのでしょうか。

平松:高校1年生の時に美術雑誌で横山操画伯の作品に触れ、一も二もなく「この先生のもとで絵を勉強したい」と強く思ったのが始まりです。川端龍子先生を中心にした青龍社という一門に参加された横山先生は、戦後、日本画をそれまでのいわゆる床の間芸術から解き放ち、美術館など公の場所でのアートへと昇華させる足がかりを作った画家です。時事性、社会性のある作品をものすごいリアリティーで力強く、しかも超大型スクリーンに描きました。「これが未来に向かう僕の道だ!」と、迷うことなく横山画伯のもとへ飛び込みました。作品だけでなく先生の人間的な魅力も大きな要素でしたね。

横山先生は初めて日本画でマンハッタンやグランドキャニオンを描きました。日本画の絵の具を使い、日本画というジャンルでアメリカを描くという冒険をされたのです。僕の作品に「ニューヨークシリーズ」がありますが、これは早くに亡くなられた横山先生への追悼として、1回だけ僕もニューヨークにチャレンジしようということで制作したものです。

── 「路シリーズ」の頃は、韓国を題材にした作品を多く描かれていますね。

平松:1970年代、「人間の生死」というテーマを追いかけるうち、韓国の庶民の墓、円墳にのめりこみました。墓といっても仰々しいものではなくて、山を削って土を盛った土まんじゅうのような姿です。当時、観光ビザで韓国に渡って釜山から38度線まで墓を訪ねてスケッチして歩き、そうした土まんじゅうばかり描いていました。

1つの山が全部、お椀を伏せたような墓で覆われている。遠目には芝生がウネウネしているだけのようにも見えますが、そこに雪が降ると得も言われぬ美しい風景が広がります。実際に自分で足を運んで絵に描き、「東洋で一番美しい風景だ」と感じました。一般的に西洋画は女性の美しさを裸体で表現しますが、日本画には裸婦像は少ないですね。僕には、その雪に埋もれた土まんじゅうが連なる山が女性の体に見えた。裸婦をありのままに描くというよりも、自然を借りてその美しさを感じさせることに心を砕きました。また、生や死の営みが形式や儀式としてあるのではなく、土で盛って丸くなっているだけの自然で愛おしい風景としてある。これこそ、人間の永遠のあり方だ、という思いがあります。

日本が高度成長でどんどん失っていくものの原型を、韓国の人々が非常に大事に守っている、ということに惹かれました。

《路---冬日》は、韓国の釜山を描いています。岩絵具など日本画の画材は高価なものですから、当時は買うことができず、河原に行って砂をふるいにかけて細かくしたものにポスターカラーや看板用の色粉、膠(にかわ)を混ぜて使っていました。そんな頃、この作品が「第1回中日大賞」を受賞したのです。私にとっては思い出深い作品です。


1坪の庭に咲く鳳仙花が教えてくれたこと


── ひと目で平松先生の絵とわかる色彩美と装飾性が魅力の「花シリーズ」も、根強い人気がありますね。

平松:花の精みたいなものに気づき、花に関心を持ち始めたのは30歳を越えた頃です。当時、6畳2間と狭い板の間しかない古い棟割り長屋を借りて、妻と子ども3人の5人家族で住んでいました。そこへ事情があって両親がやって来て、父は病気で寝込んでしまい、短期間でしたが、うちで闘病生活を送ることになります。僕は絵を描く部屋もなく鬱々とした日々が続きました。

その頃、家内が1坪くらいの玄関先に鳳仙花やウネビソウなど、どこにでもあるような花を植えていたんです。父はそれを毎日見て、静かに旅立って行った。人生の儚さを感じ、悲しさでいっぱいでした。そして家内がこういうふうに私の父親を静かに、黙って優しく送ってくれたということに感動しました。

僕自身は板の間があれば絵は描ける、あとは贅沢するものは何もない。家内には、好きな花作りをずっとさせてあげたい。生涯の感謝として、家内の気の済むまで花を植えられる庭を造ることができるように、ということでこれまでやってきたようなものです。そして、とうとう65歳の頃に、ここ(鎌倉)の庭が狭くなったので、もっと広い所をと軽井沢にアトリエを求め、1500坪の庭を造ることがかないました。池にはモネ財団から株分けしてもらった睡蓮を浮かべています。

家内は好きな花を心ゆくまで育てられるし、僕は絵になりそうな花が咲いてくれるとスケッチさせてもらって、いわば両得です(笑)。家内が好きな花を何百種も育てている中に、花の種類も姿も形も気候や季節も、絵になるものがいくらでもあるわけで、花屋さんで買ってきた花ではなく、そうした自然の花を描くようにしています。

僕は初めから花鳥風月という大きなテーマをもって画業に取り組んできたわけではなく、あくまでも自然に、時の流れのまま風が吹くままに過ごしてきました。

人の心を和ませるのは、やはり美しいものだという実感があります。韓国の土まんじゅうの墓にも野菊があったり、桔梗があったり、女郎花があったりします。いつの時代も暮らしの傍らに野の花、月、鳥、虫などがあり、それが独立した美として詩歌に詠われたり、絵に描かれたりしているのが東洋文化の良さではないでしょうか。


モネの《睡蓮》は屏風であり、そこには日本画の美がある


── 現在は主に「ジャポニスムシリーズ」を手がけておられ、印象派の絵画やフランスとのつながりが深くなりました。どのようなきっかけに導かれたのでしょうか。

平松:50歳くらいまではヨーロッパに行ったことがなかったんですよ。日本人の心、形、生活のふるさとはアジアにあるから、韓国や中国、モンゴル、インドなどを訪ね歩くだけで人生が終わるだろうと思っていました。ところが、50歳を過ぎた時にあるギャラリーのプロデューサーが「平松さんの絵はフランス向きだ」と言って、パリでの個展を企画してくれたのです(1994年、パリ・JALギャラリー)。

初めてパリへ行き、個展の会場の近くにあるオランジュリー美術館にふらりと立ち寄りました。そこでクロード・モネの大壁画、《睡蓮》の連作に出会うことになるのです。それまで僕は印象派にはさほど目を向けていなかったのですが、この時は、日本画、西洋画、印象派といったジャンルを超えて1人の画家の絵と心に触れ、まるで時間が止まったような不思議な感覚を覚え立ちすくみました。この衝撃は今でも強烈な記憶としてはっきりと残っています。

オランジュリー美術館にあるモネの睡蓮の巨大な壁画は、横が全長約80メートルあります。それを巻くと巻き物になるのではないか。あるいは、部分、部分で仕切っていけば、間違いなく、屏風絵として見ることができる。そんなふうに頭の中でシミュレーションしてみました。睡蓮、池、そこに映る雲や空などがほとんど近景で描かれていて、朝昼晩と1日がめぐり、春夏秋冬の季節が移ろい、時間が流れている。絵の中に花鳥風月や雪月花がある。つまり、江戸時代の絵師たちがやっていたこととまったく同じ「自然」と「自由」がモネの絵にあったわけです。

西洋画ではパースペクティブ(遠近法)が重視されますが、日本画の場合は逆遠近法などもあってそのあたりは非常に自由なのです。近景で描かれたモネの《睡蓮》は西洋画でありながら、あの巨大画面全体を観ても、遠近法の透視像的なものがない。それは一体なぜなのだろうということで、その時から、クロード・モネを中心に印象派について猛烈に勉強し始めました。それまで東洋にだけ向けていた僕自身の志向を一時中断してフランス一辺倒になり、この20数年、フランスと日本を行ったり来たりしています。

── モネの《睡蓮》は、西洋画でありながら東洋的である。その謎を追いかけて来られたのですね。

平松:そうです。日本人が長い歴史の中で培ってきたものが、どうして近代の西洋画の中にあるのか。現地に出かけたり、図書館に通ったりして調べ、19世紀のヨーロッパにおけるジャポニスム(日本趣味)のブームに行き当たりました。ご存知の通り、1867年にパリ万国博覧会があって、日本は初めて出展します。自然の草花や動物、昆虫などが表現された美術工芸品、独自のデザイン性、意匠性、画面構成力を持つ浮世絵などが紹介され、それらがヨーロッパの美術界に広がり、非常に大きな影響力を発揮しました。また、明治初期の工芸品なども数多く日本から輸出されました。これほど精緻で素晴らしい技巧を持った工芸は他にないということで、日本から輸出したものはすべて美術品として扱われましたね。超絶技巧と意匠性が高く評価されたのです。印象派の画家たちだけでなく、エミール・ガレの工房もそうですが、工芸、衣装、建築など、さまざまな分野にジャポニスムの影響が見られます。


絵の中で遊び、ジャポニスムを大胆に料理する


── 日本画は自由だというお話がありました。パースペクティブなどの合理性にとらわれない。1つの絵の中に1日が巡り、四季が移ろったりもする。この自由さはどこから生まれたのでしょうか。

平松:もともと日本は、四季に恵まれ、自然のあり方がものすごく豊かです。国土の大半が山であり、海に囲まれており、自然の中で歴史を紡いできたところがあります。そうした自然からの影響で、日本画というのはお天道様を描きますし、月を慈しみます。他方、西洋では星座の物語などはあるにしても、やはり芸術という特殊なジャンルにおいては、ほとんど月の絵を見かけません。

そういうわけで、日本画では、月を描く時に画面の中での大きさなどにはとらわれずに描くといった自在性が発達してきました。そうした発達というのは、人間個人が生みだしたものではなくて、むしろ自然が与えてくれたものではないかと思います。四季があって、山の色が変わっていき、庭先で咲く草花やそこにやってくる小鳥や虫に至るまで変化するというような自然のあり方が大きいでしょう。そして、この自在性から、遊び心や、様式美、型の文化が生まれてきます。

これほどに力のある美の宝物を放っておく手はないという思いで、僕は自分のテーマをジャポニスムにしました。それまではヨーロッパ人が見た日本ですから、ヨーロッパの人しかジャポニスムを感じない。それを逆手にとって僕はやってやろうと思ったんです。ただし、モネが見たフランスの風景をストレートに日本画にしたところで、まったく面白みはありません。アブノーマルと言われるくらいに絵の中で大胆に冒険をして、遊んで、初めて印象派の画家たちと同じ視座にたどり着けると考えています。

「ジャポニスムシリーズ」の《モネの池 春彩》は、モネの池を日本画で表現しました。桜の花弁を浮かべ、雀が2羽飛んでいます。フランスでもサクランボを採るために農家には桜の木がたくさんあるんですよ。

《モネの池 秋彩》は、睡蓮の池の水面を覆っていたカエデをモミジに置き換え、華やかに描いています。ジヴェルニーにあるモネの睡蓮の池は、俯瞰して見ると手鏡のような形をしています。握り手のところに太鼓橋があり、藤棚で美しく飾られている。これは装飾性、遊び心ですね。モネは晩年のアトリエや庭、池に、こうしたジャポニスムのエッセンスを詰め込んだのだと思います。

── 日本画や日本文化が持っている自由自在なものの見方を、大切にしたいですね。

平松:そうですね。開国からまだ150年しか経っていない日本には、諸外国から学ぶべきことも多いでしょう。その時に、自由自在な日本文化や、日本人の強みである技巧、技能、忍耐、勤勉さを利用して、学ばせてもらうといいと思います。互いの利点を交換し合うということに尽きますね。

私はジヴェルニー印象派美術館での「平松礼二・睡蓮の池 モネへのオマージュ」展(2013年)のオープニングの時にこんなふうにスピーチしました。

「モネや印象派の画家たちが、江戸の浮世絵の絵師、葛飾北斎や喜多川歌麿に恋をして、印象派の中に確固たるジャポニスムの流れが生まれた。そして、浮世絵の国からやってきた平松礼二が、モネに恋をし、モネのジャポニスムという世界を料理した。いつの日か、平松に恋をする誰かが登場して、私を料理してくれる。こうした交換によって、美は永遠につながっていくのだと思っています」


以下のリンク先には、インタビュー内で言及された平松さんの作品が掲載されておりますので、ぜひご覧ください。

時代を超えた、モネとの競作。 ――世界が再び注目するジャポニスム、平松礼二の世界 | Mugendai(無限大)

(ライフハッカー[日本版]編集部)

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