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印南敦史印南敦史  - ,,,,,,,  10:00 AM

都会に住む必要はまったくない? 奈良を活動拠点にする尼さん兼シンガーソングライター・やなせななさんの、これまでと今

都会に住む必要はまったくない? 奈良を活動拠点にする尼さん兼シンガーソングライター・やなせななさんの、これまでと今

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やなせななさんは、8月24日に3年半ぶりのニュー・アルバム『夜が明けるよ』をリリースしたばかりのシンガーソングライター。温かみのある、オーガニックな作風が魅力です。全国各地を移動しながら精力的な活動を続けていますが、奈良の実家は古くから続く小さなお寺。

つまり、シンガーソングライターである反面、仕事としてお経を読む「尼さん」としての側面もあるのです。まったく異なる2つのキャラクターを持つ、やなせさんの半生について、お話を伺いました。


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お寺に生まれたシンガーソングライター


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── お聞きしたいことがいろいろあるのですが、まずは生い立ちから聞かせてください。


やなせさん:実家はすごく小さなお寺なんですよ。食べていけるクラスのお寺の10分の1くらいの規模。地域にもよりますけど、お寺って普通は檀家さんが300軒ぐらいないとやっていけなくて、もっと縮小したとしても150軒はないと生活できないんです。でも、うちは30軒なので、どう考えてもそれだけでは生活できないんですね。ですから両親も別の仕事をしてますし、祖母たちの世代もそうでした。仕事をしながら、その収入をお寺の維持にあてているという状態で、お坊さんだけをしていた人はいないんです。だから私がお坊さんをやっても、仕事をするなり結婚して旦那さんが稼ぐなり、なんなりできなければ護持できないんです。そういうお寺に生まれました。ですから、たとえ尼さんになったとしても、それだけでは生活していくことはできないと幼いころからわかっていて、社会に出たらなにか別の仕事を見つけなくては、という焦りのようなものを感じていました。とはいえ、その仕事が「歌手」になるとは、なかなか考えられませんでしたけど。


―― なのに結果的に、尼さんになってシンガーソングライターにもなったというのは、不思議な展開ですね。しかしその後、30歳を間近にして子宮体癌になってしまったのだとか。


やなせさん:29歳で発症しまして、30歳で手術をしたんです。あるとき、食べてるのに全然太らないどころか、すごく痩せてきて。でも身体の痛みはないので、あまり気にしてなかったんです。不正出血が続いたので病院に行ったら、癌だと告げられました。それまで自分が死ぬとは思ってなくて、「死ぬのはもっと先や」と思い込んでたので、「放っておくと死ぬから急いでください」みたいなことを言われたときはすごくショックを受けました。「え、死ぬの?」って、理解するのに時間がかかったんですよね。ものすごく遠いところにあるはずだった死が、すぐ間近にあるっていう感覚。それを実感したときに、すごく怖いと思って、「死にたくない」と感じました。

その後も、そのショックをなかなか乗り越えられなかったです。でも、そんななかで2007年に『遠い約束』っていうアルバムをつくったんですよ。癌の手術のあとに書いた曲ばっかりなんですけど、そのアルバムを出して、「まず立ち上がろう」と思ったんです。でも自分についての歌は何曲かしかなくて、ほとんどの曲は主人公を別の人にしてるんです。辛いのは自分だけじゃないなっていうことは、そのときから思いましたね。


―― 『遠い約束』はとても心に響く作品でした。いま聴いても強い説得力を感じるのですが、そこまでたどり着くのは決して楽ではなかったそうですね。


やなせさん:ずっと引きこもりみたいになってたんですよ。でも、あのアルバムに関わったピアニストが、あるとき、「曲を書け」って言ってきたんです。でも、「私は癌やし、書かれへん」と言ったら、「病気なんか言い訳なんじゃないの。癌ぐらいでやめるんだったら、歌うのをやめた方がいいよ」って言われて(笑)。それがすごく効きましたね。すごくシャンとしました。


―― そんな体験が、いまのやなせさんにつながっているということなのでしょうね。


やなせさん:それまでは、お寺を回ってコンサートをしたりしても、心のどこかにはずっと「仏像なんてただの人形やん」みたいな気持ちがあったんです。でも、癌を体験した末、変化した気持ちとともに活動していたら、「いつの間にか救われてしまったな」という気持ちになっていました。


かくして、現在のやなせななさんがあるわけです。その姿が輝いて見えるのは、逆境を乗り越えてきたからなのかもしれません。


都会には、行きたいときだけ行けばいい


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―― ところで、東京での仕事も少なくないのに、ずっと奈良の山間部にある実家にお住まいなんですね。なぜ、そのようなスタンスを貫いているのでしょうか?


やなせさん:学生時代は京都で一人暮らしをしていましたけど、東京の事務所に所属してたときもここ(奈良県中部の高取町)から通ってました。用事のあるときだけ東京に行くっていうかたちで。ここが好きで...好きでっていうか、住みやすいんですよね。


―― ただ、アーティスト活動をしている以上、ましてや都会での仕事が少なくないとすれば、東京に住んだほうが楽なのではないでしょうか?


やなせさん:いえ、都会に出たいという思いはまったくなかったです。ひとえに人混みが嫌いだから(笑)。私ダメなんですよ、東京の電車に乗ってるだけで悲しくなってしまうんです。こんなにたくさん人がいるのに、みんな独りぼっちだなって感じてしまって。そしたらもう、苦しくなって、暮らせない。たとえば私のイメージでは、東京や大阪ってエレベーターに乗ろうとしても、「お先にどうぞ」って譲ってたらいつまでも乗れないんですよね。とにかく人を押しのけなければならないというような。私には、そういうのは無理だと思って。

でも田舎だと、「あ、どうぞ」みたいな感じでノンビリしてるんですよね、時間が。それが染みついてるので、都会のスピードについていけないんですよ。だから全然都会に出たいとは思いません。都会には泊まりがけで行って、ものを買いたいんだったらたくさん買って、田舎に帰る。それに、いまはアマゾンでなんでも買えるし、なんにも気にしてないです。


―― 近年、地方に暮らそうという若者が増えてきた気がしますが、それには共感されますか?


やなせさん:私ね、すごく素敵だなと思って。奈良も、高取町よりもさらに奥の山間部に、すごくおしゃれなデザイン事務所ができてたんですよ。こういう田舎の環境で事務所をつくりたいっていう人が東京からやってきて、昔の古民家をリノベーションして事務所を運営しているんです。他にも、いろいろなクリエイターが移住してきています。話してみたら、「インターネットがあるから問題ない」って話してて、私も大賛成。そのとおりだと思いました。

若い人ならカフェとかね。どこから来たのかもわからない人たちが古民家を自分たちの手で修理して、徹底的におしゃれなカフェにしていたりもしますし、そういうのはすごくいいことだと思います。田舎だからできないなんてことは、逆にまったくない時代です。交通機関も発達してるので、東京にも日帰りできるんですよね。しかもネットがあるから、東京に行かなくたってできることがたくさんある。だから、私は断然そっち派です。


── では、なにかデメリットはありますか?


やなせさん:デメリットは、それでも多少は不便だっていうことですかね。たとえばコンサートに行くときは必ず泊まらなければなりませんし。大阪まで行くとしても、コンサートって9時とか10時までかかるでしょ。そうなると電車のことで頭がいっぱいになっちゃうので、泊まらないと好きなコンサートも見に行けない。そういうことはありますけど、でも慣れたら苦痛ではないし、デメリットはあまり感じないですね。


あと現実的な話では、獣がいるとか。ヘビ、ムカデ、やぶ蚊、蜘蛛も平気でいますから、そういうのは大変ですね。でも熊はいませんからね(笑)。人間関係に関しては閉鎖的な部分もありますが、隣人トラブルも都会ほどは多くないと思うんですよ。都会だと、まったく見ず知らずの人が壁一枚向こうにいて、ちょっと音がすると「なんや?」ってなると思いますけど、こっちだとみんな昔から知った仲だから、「ああ、あそこはじいちゃんのときから大きな声の家で」みたいなことで済むんですよね。まあ、そんななかで浮くと大変かもしれませんけど、あんまりそういうことは起きないですよね。


蓄積された表現欲求が一気に爆発


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―― 『夜が明けるよ』も、そんな環境に暮らしているからこそつくることができた作品なのかもしれません。聴いていると、ひさしぶりに実家に戻ったような、不思議な懐かしさがあるのです。


やなせさん:このアルバムは私にとっても、大きな意味があります。東日本大震災が起きてからは、震災支援ライブやお寺コンサートが、多いときで月に28回あったんです。だから家にも帰れないし、新しい歌をつくったり、制作や創作にまったく時間を割けない状態で。2014年の夏からようやく曲を書きはじめることができたんですけど、ずっと蓄積されていた表現欲求みたいなものが、一気に爆発した感じですね

このアルバムでは人の1日と一生を、縦糸と横糸みたいにしてあるんです。ひとりの人が大人になって、いろんなことを感じて年をとって死ぬっていう流れ。あるいは若い子からお年寄りまで、さまざまな世代の思いが交差しているのを、神様が見ているっていう状態です。


―― でも、どうしてそのようなストーリーにしようと思ったのでしょうか?


やなせさん:震災以降、すごい数の人とお話ししたんですよ。いろんな人の人生に触れたので、そういうものを作品にしたいなと思ったんです。「名もなき人生のかけら」っていうか、すごく輝いたものがたくさんあるんですよね。人それぞれの苦しみがあって、そこから光を見いだしていく様子をすくい取りたいっていう思いがありました。「お坊さんだからこういう歌を書くんですよね」ってみんな納得したがるんですけど、実はお坊さんだと公表する前から、そういう歌を書きたいと思っていました。


―― 『夜が明けるよ』はひさしぶりのアルバムということで、レコーディングに際してはさまざまな思いがあったと思います。そのぶん、苦労も多かったのでは?


やなせさん:私、お坊さんなんですけど、夜型なんですよ。許されるなら昼の12時に起きて、朝の6時に寝たいと思うんです。真面目にされてる方は、必ず6時にはお寺を全部開けて「お勤め(法要)」しなければならないんですけど、うちはもともと私が子どものころから朝のお勤めがないお寺だったので、それもあるのかもしれません。でも、今回はどうしても朝を書きたかったんです。でも、何回書いても朝の歌にならない。そこで生活を変えまして、朝ちゃんと起きるようにしたんです。そうしたらやっと朝の歌が書けて、やっぱり朝の歌は朝に書かなきゃダメだなと思いました。でも、苦労らしいことなんてその程度ですよ。




「癌を克服し、山間部に住み続けるシンガーソングライターの尼さん」と聞くと、それだけでものすごいトピックであるかのように感じてしまいます。けれど現実的に、それは決して特別なことではありません。パラレルキャリアでさえ、いまでは普通のことです。

そう考えると、やなせさんの生き方からは、私たちの人生にも応用できそうな多くのヒントが見つかるのではないでしょうか。


シンガーソングライター やなせななオフィシャルホームページ

(印南敦史)


夜が明けるよ
DDCZ-2103
3,000円(税込)
Studio Tabby/タビオレコーズ、SSNW
http://www.yanasenana.net

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