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印南敦史  - ,,,,  06:30 AM

幸せに生きるためには、理想からの「引き算」をしないこと

幸せに生きるためには、理想からの「引き算」をしないこと

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きょうご紹介したいのは、『一生モノの超・自己啓発 京大・鎌田流 「想定外」を生きる』(鎌田浩毅著、朝日新聞出版)。京都大学の人気火山学者であると同時に、多くのビジネス書、自己啓発書を生み出してきた著者が、独自の視点から「生き方」について説いた書籍です。

著者はこれまでに書いてきたビジネス書は、地球科学者の立場から、理系的発想に基づいたものだったそうです。科学の本質は「予測」と「制御」。たとえばボールを空中に向けてある角度で投げたら、どのような放物線を描いてどこに落下するのかについての見当がつくもの。それをさまざまな自然法則から導き出すのが「予測」で、予測した地点に落ちるように投げる力や角度を調整するのが「制御」。「理系的な発想のビジネス書」の根本にあるのも、この「予測」と「制御」だったということです。

しかし、著者の考えの重心は、ここにきて変化しているといます。きっかけは、2011年の東日本大震災と、2014年の御嶽山の噴火。これらの出来事から、「現実では、ときに予想外のことが起き、まったく制御不能の陥ることがある」という思いを強くしたのだそうです。科学の限界を突きつけられる事件を立て続けに経験した結果、自分が説いてきた「予測」と「制御」をもとにした考え方に疑問を感じるようになったというのです。

仕事、人生をすべて計画してコントロールできると考えるのは、人間のおごりではないだろうか。むしろ、仕事や人生の"揺れ"を認めて、時には折れながらも、うまくつきあっていった方がよいのではないか。(「序章 ビジネス書が幸せの足かせになる時代」より)

つまり、そうした考えを軸に本書では、「ビジネス書がもたらす多数の功罪を知り尽くした上で、よりよい幸せへの道しるべ」を記しているわけです。第2章「いまあるものを使って生きる」から、いくつかを引き出してみましょう。


「理想からの引き算」が人を苦しめる


「未来はコントロールできる」という計画主義的な発想は、キリスト教から資本主義、マーフィー、そして現代のビジネス書へと受け継がれてきたものだと著者。そして同じ流れで引き継がれているのが、「人間の価値には高低があり、自らの価値を高めるほど幸せになれる」という価値のハイアラーキー(階層構造)の考え方だといいます。

たとえばビジネス書の世界なら、「出世して高い地位を得て、お金をたくさん稼ぎ、まわりからの高い評価を受けることが正しい」と、地位・カネ・名誉が優先されるわけです。しかし「価値には高低がある」という考え方が、人を幸せにするどころか、むしろ苦しめていると著者は主張しています。

価値の高い人間になろうとすることは素晴らしいことのように思えますが、それは同時に、「いまの自分は理想の状態には足りない、価値の低い人間だ」と認識することにもなるはず。高みを目指せば目指すほど、理想にほど遠い自分を突きつけられるのです。価値に高低をつけている限り、多くの人は常に自分を理想に足りない存在として認識し続けてしまう。しかし「自分を高めよう」とすることが結果的に自分を傷つけるなら、それは健全とはいえず、場合によっては心を歪ませる場合もあるでしょう。

理想からの引き算によって生まれるのは、自虐や嫉妬、不安、不満といった負の感情です。そうした感情が人を幸せにするとは思えません。穏やかな気持ちを手に入れたければ、「理想から引き算」する発想をやめるべきなのです。(83ページより)

そのために必要なのは、それまで「縦方向」だったものの見方を「横方向」にすること。価値を高低でとらえるのではなく、すべての価値をフラットにとらえる。そうすれば、将来の理想的な状態はもちろん、過去の足りない状態とも比較せず、ひたすら「いま」を生きることができると著者はいいます。(79ページより)


ポジティブにあきらめる


「いま、ここで」生きることは、ないものねだりをせず、「いま」をありのまま受け止める生き方。ありのままに受け入れるとは、「気に入らないことも我慢しなければいけない」ということではなく、もっとポジティブで主体的な態度。日本には「ない袖は触れない」ということわざ(慣用句)がありますが、むしろ「ない袖は振らない、考えない」、さらに「ある袖だけを振る」という考え方だといいます。

たとえば冷蔵庫を開けたとき、「ジャガイモがないから、肉じゃがをつくれない」と考えても事態は変わりません。足りないものに焦点を合わせてイライラを募らせるよりも、「ありあわせのもので、なにか一品できないか」と考えたほうが楽しいはずです。「足りない状態」を我慢するのではなく、「いまあるものをどうやって生かすか」と前向きに考えるイメージ。

それは、仕事で失敗したり、人生に行き詰まったときも同じだといいます。事業で失敗したとき、「自分に能力が足りなかったからだ」「不景気が悪い」となにかのせいにしても、過去がひっくり返るわけではありません。過ぎたことは変えられないのだから、いつまでも悔やんでいるより、「手元に残ったお金で次になにをするのか」とアイデアを膨らませた方がずっと健康的だということ。(84ページより)

いい意味で開き直って、すでに起きたことやこれから起きることを受け止め、いま持てるものを生かしていく。それが、いまを生きるということなのです。(87ページより)


生物は「ありあわせ」で進化した


足りないものに焦点を当てるのではなく、ありあわせのものを生かしていく。そんな生き方に共感する理由について著者は、「地球上の生命もそうやって発展してきたから」かもしれないと記しています。

地球が誕生したときから現在までの流れを見ていくと、生物はいまの形になることを目指して進化してきたのではなく、環境の変化に適応し続けて、「たまたまいまの形になった」ことがわかるというのです。生命は偶然そこにあり、二酸化炭素があれば二酸化炭素を、酸素があれば酸素を利用して進化してきたということ。そしてスケールは異なるものの、それは、私たちが冷蔵庫にある材料で一品つくるのと同じだと著者はいいます。

著者によれば、地球科学は「非可逆現象」を扱う学問。物理や化学は、対象を同じ条件なら同じ結果が再現される「可逆現象」として扱うもの。しかし実際に地球に起きていることは非可逆的であり、同じことは二度と起こらないというわけです。事実、生物の進化は一方通行であり、時をさかのぼって進化をもう一度やりなおすことは不可能です。

そして非可逆的な世界には、非可逆な世界にふさわしい知恵があるもの。それが、「いまあるものを使う」という考え方です。非可逆な世界では、いまと同じ環境を再現できる保証がないため、いまのチャンスを逃せば、永遠にチャンスはやってこないかもしれない。だからとりあえず、いまの条件を生かしてやってみる。それが非可逆の世界を生き抜く知恵だということです。さらにいえばこの知恵は、私たちにも有効だといいます。なぜなら人間も、非可逆な世界に生きているから。

ビジネス書では「人生はやり直しが可能」と言ったりします。たしかに一度失敗したことに再チャレンジすることは可能です。しかし、かつて挑戦した状況といまの状況は同じではありません。人生をやり直すというのは、実際には人生の軌道を修正しているだけであり、本当の意味で過去に戻ってやり直すことはできないのです。私たちが非可逆の世界に生きているのだとしたら、地球や生命がそうしてきたように、いまあるものを使うやり方が生存戦略としてふさわしいのではないでしょうか。(90ページより)

実際に人類も、いまあるものを使うというやり方で生きてきました。そのことを立証するために著者はここで、文化人類学者のレヴィ=ストロースが『野生の思考』(みすず書房)で紹介している「ブリコラージュ」という方法論を引き合いに出しています。

文明が発達していない未開人は必要な道具があったら、そのあたりにある材料を寄せ集めてパッとつくった。これがブリコラージュで、先の「冷蔵庫を開けてありあわせのもので一品つくる」のも、まさにブリコラージュ。現実社会を生きるために、いまも私たちはブリコラージュを使っているということです。

理想からの引き算に疲れた私たちにいまこそ必要なのは、エンジニアリングよりもブリコラージュ。あるべき姿から逆算して足りないものを探すのではなく、いま手にしているものを使ってベストを尽くす。それが、非可逆の世界を生きるための知恵であり、心の平穏を取り戻すための特効薬になると著者は結んでいます。(87ページより)




本書の魅力は、視点が常に客観的でぶれがないこと。そして、その考え方はライフハック的な考え方にもつながるだけに、時代感覚という観点から見ても的を射ているといえると感じました。


(印南敦史)

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