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印南敦史印南敦史  - ,,  06:30 AM

ダンゴムシにもオオグソクムシにも「心」はある?

ダンゴムシにもオオグソクムシにも「心」はある?

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オオグソクムシの謎』(森山徹著、PHP研究所)というタイトルと表紙を見ただけで、少なからず抵抗を感じる方もきっといるはず。なにしろ著者によればオオグソクムシの形状は、仲間であるダンゴムシを体長10センチまで巨大化させ、体の色を肌色にしたような感じだというのですから。しかも触角は体と同じくらい長く、エビのように長い足は少しトゲトゲしていて、目はサングラスをかけているようなイメージ。エビやカニと同じ甲殻類で、深い海の底で暮らしているのだそうです。

信州大学繊維学部バイオエンジニアリング課程助教である著者は、ダンゴムシ、オオグソクムシ、ミナミコメツキガニなどの専門家。本書では、オオグソクムシとの出会いから最近の実験に至るまでを詳しく紹介しています。とはいえ特筆しておくべきは、これが「心の科学の本」と定義づけられていること。前著『ダンゴムシに心はあるのか』に次ぎ、ここでも「心」に焦点を当てているのです。

では、「心とは何か?」。(中略)何かはわからないが、あることは確かである。心とは、このように、みなさんに潜む「不定な何ものか」です。(「はじめに」より)

著者は考察を重ねた結果、この「不定な何ものか」の正体が「隠れた活動体」であり、あらゆる観察対象に備わることに気づいたといいます。そしてその仮説を検証するために、ダンゴムシの行動実験を行い、彼らに心があることを確かめてきたのだそうです。その結果に基づく主張は、心は脳などの特定の部位に宿るのではなく、ましてや人間だけに宿るのではないということ。

本書ではそうした考え方をオオグソクムシに結びつけているわけですが、まずは心の問題についてもう少し知っておきたい気もします。そこで第1章「心という存在」から、要点を引き出してみることにしましょう。


心の正体、隠れた活動体


私たちが抱く心のイメージは、「私たちに潜む、不定ななにものか」。しかしこのイメージには、対応する実体が存在するのだそうです。少しわかりにくいですが、そのことを著者は、相手に向かって包みを差し出し「心を込めて、贈ります」と口にする場面を例に挙げて説明しています。

「心を込めて、贈ります」と著者がいうとき、いわれた側の相手は著者を五感でとらえていることになります。ところが著者には、相手の五感に捉えられることのないさまざまなことが生じてもいる。たとえば著者の意識が「今夜の夕飯はなんだろう」と考えていたり、背中に湿疹がふくらみ出していたりすることを、相手は決して知ることができないということ。

そしてここで注目すべきことは、著者が「おなかがすいたなあ」といったり、無意識に背中を掻きだしたりはせず、緊張した顔つきのまま「心を込めて、贈ります」といいながら包みを相手に手渡している点。

夕飯についての思考を担う部位(大脳の一部)や、背中の皮膚変化の見地を担う部位(機械感覚細胞と関連する神経系)は活動している。しかしそれらの活動は、「おなかがすいたなあ」という発言や、無意識に背中を掻きだすといった「行動」となって現れてはいないわけです。それらの行動が抑制されているからこそ、相手は著者の内部に潜むこれらの部位の存在を、五感で知ることはできないということ。つまり夕飯のことを考えたり、湿疹のふくらみを検知したりする部位は、活動はしているものの、行動の発現を抑制することによって隠れ、そして全体として「心」になるという考え方です。(14ページより)


動物の心


この場合の隠れた活動部位のことを著者は「隠れた活動体」と呼んでいますが、それは私たちがあるひとつの行動を滑らかに発現させるために必要不可欠なものなのだといいます。つまり、「心を込めて、贈ります」といいながら滑らかに贈りものを差し出せるのは、夕飯のことを意識的に考えたり、湿疹を無意識に感じたりしている活動部位が、「おなかがすいたなあ」という発現や、背中を掻くという「余計な行動」を抑制し、「隠れた活動体」となっているから。

そして、この「隠れた活動体」を心として認めることができれば、私たちは自然に、ヒトだけでなく動物にも心の存在を認めることができるのだと著者はいいます。たとえばダンゴムシをつついて丸くさせた経験は誰でもあると思いますが、ダンゴムシが丸い状態を保つためには、体の構造や神経系、そして刺激が必要。とはいってもそれらが備わっただけでは丸い状態を保つことは不可能。丸くなり続けるには、それ以外の余計な行動をきちんと抑制することが肝心だからです。

当然のことながらダンゴムシが丸くなるのは、天敵のアリ、あるいは人間の子どもなどに遭遇したとき。しかし、もしかしたらダンゴムシはその直前に、落ち葉を食べようとしていたかもしれない。だとしたら丸くなったダンゴムシは、「落ち葉を食べる行動をまだ完了していなかったことになります。従って、「食べたい」という衝動が生じているはず。でも、アリや子どもがいなくなるまで、丸くなり続けていなければならない。そのためには、「食べたい」という衝動を生じさせている部位は、摂食という余計な行動を抑制しなければならない。

丸くなる行動だけでなく、ある行動が発現するとき、その他の余計な行動は、ダンゴムシ個体によって抑制されているということ。このように動物は、ある行動を発現するとき余計な行動を抑制するのです。そしてその結果、余計な行動の動機となる活動体は隠れることになる。すなわち動物は「隠れた活動体」を持っていることになり、それは、ダンゴムシやオオグソクムシを含む動物が心を持つことを意味するというわけです。(17ページより)


心を引き出す、未知の状況


この「隠れた活動体」の存在を確認するためには、観察対象に「未知の状況」を経験させることが得策なのだそうです。たとえば「夕飯はなんだろう」という考えのような「隠れた活動体」は通常(既知の状況)においては、続く行動の発現(「おなかがすいたなあ」という発言)を抑制します。そして明示されている行動(「心を込めて、贈ります」といいながら贈りものを差し出す)を支える役割を果たしています。

一方の「未知の状況」とは、「通常顕現する行動が、顕現することの意味をなさなくなるような状況」。できることが、できなくなってしまうような状況だということです。そしてこのような状況に対処するためには、動物の場合は切り札として「抑制された行動」のいずれかを現し出すしかないといいます。そして抑制された行動を解除できるのは、抑制した当事者である「隠れた活動体」のみ。つまり「隠れた活動体」には、抑制されるべき行動を発現させるという働きがあるわけです。いわば、予想外の行動ということになります。

では、ダンゴムシの場合、抑制された行動はどういうかたちで現れるのでしょうか? 著者が実験してみたところ、結果的に「壁登り行動」を確認することができたのだそうです。ダンゴムシは障害物に出会うと、左右交互の転向(左右交互に方向を変えること)によってそれを回避することができます。野外には障害物が自然なものとしてありますから、そうした自然な状況が「既知の状況」。そして左右交互の転向のように、既知の状況で現れる行動を、ここでは「特定行動」と呼んでいます。

著者は、ダンゴムシが3つのT字路をどう進むかを実験したそうですが、その状況はダンゴムシにとって、「障害物を決して回避できない」という未知の状況。左右交互の転向という特定行動が、意味をなさなくなったということです。その結果、どういうことが起こったかというと、実験の途中で転向自体をやめ、突如として通路の壁面を登り、装置から脱出したというのです。

この「壁登り行動」は、通常では抑制されているもの。なぜなら、落ち葉の下など湿度の高い環境で暮らすダンゴムシにとって、湿度の低い場所への移動は生存に適さないからです。にもかかわらず、未知の状況においては壁登りという予想外の行動を自発的に行い、壁を回避できたということ。

壁登りをさせる外的な刺激は一切なく、実験室は湿度が低いにもかかわらず。だとすれば、こうした状況で抑制を解除できるのは、それを自律的に行った「隠れた活動体」しかないことになります。つまりこうしたことから、「心とは隠れた活動体である」といえるわけです。(19ページより)




このような基本を軸に、第2章以降では、オオグソクムシとダンゴムシの心と個性についてさらに深い考察がなされています。純粋に読み物として楽しめる内容なので、ぜひ一度、手にとってみてください。


(印南敦史)

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