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印南敦史  - ,,,  06:30 AM

なぜメーカーは関東と関西で味を変えるのか? 中学校の社会科から学ぶ教養

なぜメーカーは関東と関西で味を変えるのか? 中学校の社会科から学ぶ教養

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仕事に効く教養は中学3年間の社会科で学べる(井上烈巳著、KADOKAWA)の著者は、予備校や中学・高校で社会科教育に関わっている人物。本書では「ビジネスパーソンに必要な教養を身につける」という観点から、中学校で習う社会科を多角的に捉えています。それにしても、なぜ中学校の社会科なのでしょうか?

義務教育の最終段階に当たる中学校の社会科というのは、大人としての基盤を構築する上で非常に重要な科目です。(中略)実は中学社会科の段階で、大人になっても役立つ視点や思考回路を、さまざまな角度から教えているのです。(「はじめに 『社会科で何を学んだはずだったのか?』」より)

とはいえ本書は、教科書のような堅苦しい内容ではありません。それどころか身近な話題を絡めているため、とかく難解になってしまいがちなことがらをわかりやすく解説しているのです。その好例として、CHAPTER 1「地理編」から「食品メーカーが注目する味の境界線」をご紹介したいと思います。


濃口と薄口


【設問】
糸魚川市と静岡市を結ぶ線は、おおよそ日本列島を東西に大きく分けるみぞ状の地形の西端となっている。この地形を何というか、書きなさい。(青森県 2015年・改)(29ページより)

関東と関西の食文化の違いについては、うどんやおでんなどの汁ものが引き合いに出されることがよくあります。関東のだし汁は、鰹節を主体に濃口の醤油でつくられるので、黒っぽい色で濃い味。対する関西の伝統的なだし汁は、昆布をベースとして、そこに「薄口」の醤油を足してつくられているため色は薄め。だから関西人は関東のだしを濃く感じ、関東人は関西のだしにもの足りなさを感じるというわけです。

そして、そんな東西の思考の違いを反映して、「とある国民食的なカップうどん」が東西で味を変えているというのも有名な話です。しかし、どうしてこのような違いが生じたのでしょうか?(30ページより)


大阪の昆布?


著者によれば、この違いが発生した原因は江戸時代にあるのだそうです。江戸時代の政治の中心は徳川幕府の本拠地であった江戸(東京)ですが、流通経済の要となっていたのは大坂(大阪)。ちなみに経済に関していうと、戦国時代までは、貿易や文化の中心地として反映していたのは近隣の堺。しかし大坂城築城の際に豊臣秀吉の命令で堺の商人たちが大坂に移転したことから、大商業都市としての大坂がはじまったのです。

瀬戸内海航路と京都方面への淀川水系の接続点に当たっていた大坂が、江戸時代に全国流通の中心地として大きく成長し、「天下の台所」といわれるまでに発展。全国の商品が大坂に集められて取引され、その後改めて全国へ流通していくというケースも珍しくなかったのだといいます。

そしてその際の、大坂に商品を入荷する経路の中心が、17世紀後半から整備された西廻り航路という海運航路。蝦夷地と呼ばれた現在の北海道や東北地方から日本海を南下し、さらに関門海峡を通過して瀬戸内海を東上して大坂まで商品を運んだのだそうです。西廻り航路を通じて大坂と結びついた蝦夷地といえば、いうまでもなく海産物の宝庫。また寒流(リマン海流)と暖流(対馬海流)がぶつかる日本海側も、寒流の親潮(千島海流)が運んできた流水が溶ける太平洋側も、プランクトンが豊富で水産業にとっては格好の地。蝦夷地は、先住民族のアイヌが狩猟採集民族であったことに加え、西廻り航路を利用して進出した上方商人(関西商人、特に近江商人)の資本によって漁場が開発されたため、河海からさまざまな商品を算出するようになったのだそうです。

鮭・鱒は遡上する河川ごとに漁が行われ、保存用に塩引き(塩漬け)に。いうまでもなく、お正月に見かける新巻鮭もその一種です。意外なのは、中華料理に欠かすことのできない高級食材であるフカヒレや干しアワビ、乾燥ナマコや干し貝柱などは、蝦夷地の近海で捕獲したものを加工して藁袋に詰め、俵物に。これを西廻り航路で運び、長崎や琉球経由で清(17〜20世紀初頭の中国)に輸出していたというのです。つまり西太后で知られる清王朝の宮廷宴席料理「満漢全席」は、北海道の海産物によって支えられていたということ。ちょっと意外で、とても新鮮な話ではないでしょうか?

また、羅臼、利尻、日高などで獲れるブランド昆布は現在でも北海道産がほとんどですが、これら昆布も同じルートで大坂に運ばれたり、清に輸出されていたのだといいます。ちなみに収穫された昆布は、日本海側の北陸・山陰地方を経由して西廻り航路で大坂に運搬され、大半が外貨獲得用の輸出分と京・奈良・大坂で消費されたのだとか。江戸のある関東方面に出荷される漁は限られていたということです。

つまり上方(関西)で料理のだしに昆布がふんだんに使われるようになったのは、こうした経緯があったから。なお、これに合わせるのは、醸造技術が高度に発達した上方ならではの澄んだたまり醤油。特に龍野(兵庫県たつの市)の薄口醤油は江戸時代を代表するブランドだったとか。

一方、昆布の流通量が少なかった江戸では、鰹節などの魚類を大量に使用するようになったのだといいます。そこで合わせる醤油には、魚の臭いを消す性質が求められ、香ばしさを出すために小麦が添加されることに。かくして関東ならではの濃口醤油が誕生したということ。そして生産は原材料を生産しやすい利根川水系で盛んになったことから、下総(千葉)の野田や銚子は代表的な濃口醤油の産地になったというわけです。(31ページより)


江戸っ子はそばが粋?


このように、江戸時代の西廻り航路を中心とした流通機構がもたらした味覚文化の違いは、現在でも至るところに残っているといいます。たとえば北陸や蝦夷地で大量に捕獲されたニシン(鰊、鯡)は、関東地方ではせいぜい正月のおせち料理に昆布巻きと数の子(ニシン卵の塩漬け)が顔を出す程度。江戸時代からすでに、それほど日常的な食材とはいえなかったのだそうです。

しかし当然ながら、漁獲される日本海側は、大阪を中心とする関西地方においても、ニシン料理は食生活に根づくことに。保存の利く身欠きニシンは、近代までは山間部の貴重なタンパク源として広く用いられていたといいます。

そして、うどんとそばにも東西の違いが。耕地が肥えた西日本では小麦が生産され、痩せた土地の東日本ではそばが生産されたことから、関西人はうどんを好み、関東人はそばを食べることが粋になったというわけです。ただし、現在の形状である「そば切り」が食べられるようになったのは江戸時代。それまで食べられていたのが、いまでも残っている「そばがき」で、つまり現在のような液体のつゆで食べる文化ではなかったわけです。鰹節の強い香りに負けないそば粉の方が、組み合わせとしては関東のだしに合っていたということ。そばに濃い汁をちょこっとつけて食べる江戸っ子の粋な食べ方の原点は、こんなところにあったというのです。(34ページより)

なお、先ほどの設問の答えは次のとおり。

【解答】フォッサマグナ
【解説】
フォッサマグナは「糸魚川静岡構造線」といい、新潟県糸魚川市の親不知から、静岡県の安倍川付近に至る大断層線。江戸時代は川に橋をかけることが禁止され、川渡しの難所として知られていた安倍川は、地質学的にも重要な境界なのだそうです。先の「とある国民食的なカップうどん」がそうであるように、現代の食品メーカーの多くが東西で味を変えているわけですが、その境界が静岡県。そんなこともあり、新製品の試験的な販売を全国に先駆けて静岡県で行うのだとか。(35ページより)




他にも食品自給率、温暖化問題、規制緩和、日本国憲法などなど話題も豊富。空いた時間に興味のあるページを拾い読みしてみるだけでも、多くのことを学べると思います。


(印南敦史)

  • ,,,,, - By

    香川博人

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