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米田智彦米田智彦  - ,,,,,,,  09:00 AM

社会問題は自分たちで解決するんだ、という当事者を増やしたい。ジャーナリスト、堀潤さんと語る「僕らの時代のメディア論」

社会問題は自分たちで解決するんだ、という当事者を増やしたい。ジャーナリスト、堀潤さんと語る「僕らの時代のメディア論」

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前回に続いて、フリージャーナリスト、アナウンサーの堀潤さんにメディア論や仕事術をお聞きするライフハッカー編集長インタビューをお届けします。今回は、ハプニング上等! の生放送の醍醐味、企業人から個として働くようになったこと、社会問題の当事者という意識を多くの人に持ってほしいという願い、そして、堀さんが思い描く「パブリック・アクセス」などについてお話をうかがいました。


堀潤(ほり・じゅん)
元NHKアナウンサー。立教大学文学部ドイツ文学科卒業後、2001年NHKに入局し、「ニュースウオッチ9」「Bizスポ」などの報道番組を担当。2012年6月、オープンジャーナリズム、パブリックアクセスの実現を目指し、市民参加型動画ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げる。2013年4月1日付でNHKを退局。テレビや新聞といった旧来の大手メディアの枠組みではない、これまでになかった新たなメディアの形を創出すべく挑戦し続けている。講演では「個人発信の時代に考えるべきこと」をテーマに、数々の報道の現場で実際に見て、聞いて、感じたこと、これからの「情報発信」のあり方、危険性、大切さなど、さまざまな角度で講話。


「報道」というカテゴリーは、僕らが勝手につくっているだけ


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米田:堀さんは民放のバラエティ番組のレギュラーのお仕事もすごく増えていますね。それはジャーナリズムと地続きなのか、それともまったく別物として考えているんですか?

:完全に地続きだと思っています。それには原体験があって。僕はNHKに入局した当初から報道を希望していましたが、「お前のキャラは報道じゃない!」と上から言われて、浅草の芸人さんの園芸番組や演歌歌手の方の地方コンサートの中継、情報番組でのクイズのレポーターなどの仕事を3年くらい毎日やっていたんです。

はじめは「報道志望なのに...」と不満もありましたが、ある日、地方の演歌歌手の方の公演に、ものすごくたくさんのおじいちゃんおばあちゃんが見に来ている光景を目にしたときに、考えが変わりました。

「ここには人口減少や高齢化など、さまざまな社会問題があるけど、その中で生きている人たちがこぞって芸能の舞台を観に来て、感激して帰っていく。それを提供する番組を僕らはやっているんだ...」と考えたときに、それってまさに社会そのものだなと思ったんです。報道というカテゴリーを僕らが勝手につくっているだけで、別に芸能でもニュースでもスポーツでもなんでも、そこに人々が生きる姿があるんだなと。

だから、毎日の情報番組でも「自分は報道キャスターだ」と思ってやるようになりました。「今年の白菜はなんでこんなに甘いんですか?」「今年は天候が○○でねえ」という何気ないやりとりも、堅いニュース番組でやったら「今、地球温暖化は~」みたいなストレートニュースになるんだけど、現場にこそネタはあるんだなと。ですので、バラエティのお誘いにも「ぜひぜひやらせてください!」というスタンスでいます。

フリーになって最初に司会をやったバラエティ番組が、NOTTVの「エンダン」という番組でした。相方はお笑いコンビ、エレキコミックのやついいちろうさんで、日替わりでゲストを迎えていました。芸人さんたちは本当に巧みで、権力を笑ったり社会風刺をしたり...僕ら報道の人間はド直球しか投げられないけど、ニュースを見事にお笑いに昇華するんです。

感心したのは、中国との緊張関係についての話題の時、やついさんが「ずいぶん前からやってますよ! 蒙古襲来でしょ?!」と言って。言われてみればそういう歴史もあって、今に始まった話じゃないなと。芸人さんもただバカをやっているんじゃなくて、笑いにしながらもいかに「確かにそうだよな...」と思わせられるかどうかが腕の見せ所なんだなと思いました。

ド直球じゃ伝えられないことがいっぱいあります。今、フジテレビで、「前略、月の上から。」という8割が下ネタのトーク番組をやっているんですが(笑)、移動の間などはヒロミさんや山里亮太さんとひたすらニュースの話をしています。それが形を変えて、トークの中にスパッと入ってくる。「そんなことネタにしたら不謹慎なのでは?」と思いつつ、ギリギリのラインの笑いの空間が出来上がっている。そういう光景を見ていると、報道やスポーツ、バラエティなどのカテゴリーは運営側が決めているだけで、実は情報の受け手はそういうものをとっぱらったところにいるんだなと思います。


段取り通りじゃつまらない


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米田:TOKYO MXの朝の情報バラエティ「モーニングCROSS」でご一緒させていただいますが、堀さんがたまに番組の流れとは全然関係ないところで、突然ボケることがある。あの芸はどこで身に着けたんだろう? と思うんです。それはいろいろな変遷を経て身に着けたのか、もしくは天然なのか、どっちなのかいつもまったくわからない(笑)。


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時事問題をわかりやすく、ときにユーモアを交えながら伝える同番組。米田は月に2回ほどゲスト出演している。


:生放送ってみんな段取りどおりに進めちゃうんですよね。でも段取りどおりじゃ生でもないしニュースでもない、という思いがあって。NHKの時から出演者やスタッフみんなが段取り通りやっている中で、あえていつも段取りを崩すようなことをしていました。そっちの方がよっぽど番組として躍動感が出るし、観ている人も楽しめると思います。

米田:あの番組に出始めた頃、生放送が始まる前に、「今日は堀さんは第一声で何を言うかな? 訊いてくるかな?」とかすごく考えていたんですが、最近は考えるのをやめました。全然その通り聞いてくれないから(笑)。実際その場で思いついたことしゃべった方が面白くなるだろうなと、僕も思うようになりますし、番組と連動したTwitterを本番中に見ていると、視聴者の反応もそっちの方を楽しんでくださってますよね。

僕はトークショーやイベントでもあまり共演者の人と控室でしゃべりたくないんです。もちろん最低限の打ち合わせはしなきゃいけないわけですが、そこで盛り上がると同じことをステージで話さなくちゃいけなくなるから、それが嫌で。だから打ち合わせでは控えめに、本番でバーンと話す、という風にしています。ライブにおいては、ハプニングこそ面白い、ハプニングこそコンテンツ、ですから。

:コンプライアンスという言葉が流行りだして、「面白くなければテレビじゃない」と言っていた局でさえも、いろいろと縛りがキツくなっている。なんでコンプライアンスを徹底しなきゃいけないかというと、自分たちが偉いと思ってしまっているからです。でも、そんなところにカルチャーなんて生まれないですよ。混沌としていてムチャクチャで無秩序で、そういう状況が本来は必要条件なのに、今のテレビにはなかなかそういうものはない。

「面白いものをつくること以上に、あなたの生活を守りたいからじゃないんですか?」と僕も思うし、観ている人も思っていますよ。でも、そんなことでは面白くなるわけないですから、変えましょうよ、という。いいじゃないですか、地方に飛ばされても(笑)。


我慢してまで組織に居続ける必要がなくなってきている


米田:以前、テレビ局員が自分の会社では出せないから、週刊誌にスクープを流して問題になったということがあったじゃないですか。番組中、あの話題の時に堀さんがバッサリと一言、「辞めればいいんですよ!」と言い切ったのがすごく印象的でした。あのときの堀さんの言葉が自信に満ちていたのは、まさに自分が実践したからなんですね。

:組織の中で我慢してでもそこに居続けなきゃいけない理由が、昔に比べるとなくなってきています。昔だったらせっかくテレビ局に入って、「ここでしかできないことだから」というのがあったから、嫌なことがあったり苦汁をなめたりしても、「俺は10年後もっと偉くなってやるんだ!」というのが美談にすらなっていたけど、今はもっと自由になった。

1カ所から多額のお金をもらえなくても、いろいろなところに頑張って営業して少しずつお金をもらえば、トータルで同程度の年収を得るということも可能な時代です。ですから、みんなもっと思い切った方が良いんじゃないかなと思います。僕がNHKを辞めた最大の理由は、散々いろいろとテレビで提言しておきながら、自分は一番守られたところにいるということはなんというコメディなんだろう...と思ったからです。

米田:格差の問題や非正規雇用などの労働問題を語るニュースを観たとき、視聴者はみんなそう思っているかもしれませんね。「語っているあなた方の収入は平均よりもずいぶん多いし、つくっているテレビ局の人も身分は保証されているから、本当のところはわかってないでしょ」って。

:僕もちょうどリーマンショックのあと、派遣切りの話題でいろいろと取材していたとき、「堀さんはいいですよね、たくさんお給料もらえるから。日本の未来とかを語る余裕があるけど、僕らは家に帰ったら携帯を見ながら明日の仕事を探すんです」と言われて、本当に申し訳なくなりました。でも幸いにして自分には余裕があるから、がんばって情報を伝えようと思ってやっていたけど、ひょっとしてそれも自己満足なんじゃないかとモヤモヤもしていました。だからNHKを辞めて支えがなくなったたきは、「これから大変だな...」と思いつつも、「これでやっとあのモヤモヤから解放される!」とも思いました。それはすごくありがたかったです。

米田:僕の場合は、勤めていた会社がつぶれて、本当に路上に放り出されるようにフリーになりました。一生懸命やっていても自分と関係のない上の事情でつくっていた雑誌は廃刊し、会社は倒れるものだし、それに頼っていてはこれからの時代、ダメなんじゃないかと、これからは身一つでやってみようと決心しました。最初にやった仕事は、チラシのコピーと文章を書く仕事で、確か5000円くらいだったと思います。そこから始めて、雑誌のライターや書籍のゴーストライター、企業のウェブサイトの立ち上げ、SNSを使った商品キャンペーン、イベントの企画から司会まで、声をかけてもらった仕事はすべてやりました。経験もないのに「できます! やります!」の一声で。雑誌の編集者でしたから、裏方、黒子のはずだったのに、いつの間にか人前に出てしゃべる仕事もするようになりました。でも、2009年頃、ソーシャルメディアの普及を見て、もしかしたらリアルタイムにつながるツールに時代のヒントや突破口があるんじゃないかとふと思い、自らの生活を実験にした「ノマド・トーキョー」というプロジェクトを始めたんです。Twitterでの縁を頼りに約1年間、東京中を移動生活するというものでした。

始めてみると自分なんかよりもはるかに面白い人とたくさん出会って、そういう人とどんどんつながっていきました。家を自分でつくっちゃう人とか、海外と東京を往来しながら子育てと仕事を両立している人とか。

その人たちは重厚長大の人生設計を書くというよりも、その都度迫りくる自分の問題をなんとかプランニングやデザインをしながら、ひとつひとつ積み上げていくような生き方をしているんだなと感じました。その経験が『僕らの時代のライフデザイン』という本を書くきっかけになりました。

:どうやってつながりができていくものなんですか?

米田:できるだけ荷物を捨てて、残ったものは貸し倉庫に入れて、マンションを引き払った後に、Twitterで「泊めてくれる人、募集」とつぶやいたことがきっかけでした。それかは数珠つなぎというか、人間バトンというか。

次々に連絡が来て、当時は東京でシェアハウスやシェアオフィス、コワーキングスペースが流行り始めた時期ということもあって、「新しくできたシェアハウスに実際に泊まってもらって使い勝手の良さと悪い部分をレポートしてほしい」とか、ヨガのインストラクターの方が「インドに数ヶ月修行に行くので、郵便物の受け取りや家賃や光熱費の支払いをしてくれるならマンションに住んでもいいですよ」と言ってくれたり。新しくできたユニークなゲストハウスに泊まったり。そうするうちになんだかんだ1カ月で8カ所くらい泊まれる場所ができました。でも、フリーライド、タダ乗りをしていたわけではなく、僕はPRをしたり、掃除をしたり、あくまでも等価交換を前提に泊まったり、住んだりしていたんです。まあ、Twitterも今ほどユーザーがいなくて、牧歌的な時代だったおかげでもあるんですが。そこをグルグルしながら、途中で知り合った人のところに泊まったり、コワーキングスペースに出入りしたりしながら、リアルとソーシャルが混じりあったような体験ができて、僕の中で非常に大きな体験になりました。

:そういうつながりが生まれてくると、なんだか元気になりますよね。「信じる心を今まで持っていましたか」と言われたら、全然持っていなかったと思います。これまで「自分さえがんばれば組織の中でもやりたいことができるんだ」というように、ベクトルが自分にばかり向いていました。でも、それは逆に言うと他人をあまり信じられなかったということ。でも1人で外に出てみると、大海原すぎて1人ですべてはまかなえないなと痛感しました。

誰かの力を借りると、「あの人、すごいなあ」とか思うようになって、周りの人たちを信じるようになっていく。初めて真の人間同士のコミュニケーションをとりはじめたと思いました。

米田:「助けてほしい」というのが単に「"ギブ"してほしい」ということではなく、コラボレーションのきっかけになるんですよね、今の時代では。

:「僕はこれをやりたい」「俺はこれもできる」「でもこれをやるにはこれとこれが必要なんだけど、あなたこれ持っているんじゃないですか?」 という風にね。

米田:「これできる人いませんか?」と呼びかけることもできる時代です。

:ホリエモンさんが言っていましたが、「助けを乞う力」というものがあります。自分が何者であるかをわかっていてビジョンが定まっていると、「助けを乞う力」を発動できる。常にそういう状況であり続けたいなと思います。


「合理さ」とは何かを"見ない"ことでもある


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米田:堀さんもフリーランスになってみると、やはり経営能力が必須ですよね。僕も強くそう思いました。経理のことなんて会社員時代任せきりでしたから。

:組織に入るというのは極めて効率的な働き方じゃないですか。税務の処理など面倒なことはすべて会社に一任できますからね。でも合理さって何かを見ない生き方でもありますよね。社会全体を見ても、合理化を進めるとか効率化するとかよく言われていますが、その外側にある実は価値の高いものも、一緒に焼却してしまっているのかもしれません。会社員は安定しているけど、失っているものもすごくあるなと。

米田:ライフハッカーでも「時短術」や「生産性を高める」というテーマの記事は多いのですが、スケジュールを詰め込むのではなく、クリエイティブな発想やアイデアはそこから外れた余白というか、スキマ時間というか、ぼーっとしている時間にヒントがあるような気がしています。堀さんの活動もそういうところがあるのかなと感じています。

:この1、2年ですごく思うようになったのは、言葉って究極の合理化システムだなと。たとえば短い時間でモヤモヤした感情を相手に即座に伝えるために、その気持ちを「とても楽しい」と言語化したとします。そう言えば、相手にその感情を伝えることができます。

でも「楽しい」にもいろいろな側面があります。だから言葉って、実はものすごく本質を見えづらくさせている。「ひとことの言葉で表せないものをどう伝えるか」というスキルが、より問われてきているなと思います。それだけに注意深く世の中を見ていかなくてはいけません。

自分の持っている言葉でしか語れない世界というのは極めてつまらないものです。自分の持っていない言葉の世界に関わることが、理解を深めたり認め合ったりすることの前提になるということを、すごく実感するようになりました。組織やコミュニティは共通の言語で成り立っていて、その究極は国家なわけですが、言葉による閉ざされた視界をどう乗り越えていくか、すごく重要な問題です。

米田:これだけグローバルな社会になっても、日本と海外の間には言語と地政学的な壁があり、向こう側は別世界だ、みたいな感覚がずっとあります。でも海外に行くとわかりますが、大げさな話ではなく、本当にみんな「グローバル・シチズン」であり、世界的に起こることを同時代に体験している。ただ日本に帰ってくると、日本語と日本という領土の中、もっとつっこんで言うと「日本の空気」に閉じ込められてしまう。それはある種の限界なのかなとも思ってしまいます。

:わかります。「被災地」という言葉ひとつとってみても、岩手や福島、宮城とさまざまで、でもついつい同じ意味で使ってしまう。前述の1次情報を得なくてはならないという話にも通じますが、現地に行ってみないと普段使っている共通言語の規模感がわからないんです。東京で言う「被災地」と浪江町で言う「被災地」は、規模感も何もかもが違います。

今、インターネットに情報があふれていますけど、「見極める力」というのはかなり問われます。目の前にしている言葉がどの程度の共通言語として使われているのか考えないといけない。たとえば炎上が起こるのだって、「沖縄はこうだ」と言った時に、「こうじゃない」という意見のぶつかりあいが理由です。

米田:レッテルや紋切り型の言葉って、必ずどこか本質とずれている部分があるという認識を持って扱わないと、危ないなと思います。「~~はこうだ」というよくある言い方ではなく、そこから漏れる人やモノがあるという前提で使わないと。

:戦争の話もまったく同じで、「太平洋戦争」でも、現役の将校だったのか、子どもだったのか、学生だったのか、政治家だったのか、それぞれ違います。「我が国は」「若者は」のような「大きな主語」が活躍している今だからこそ、「小さい主語」を見つけることを徹底したメディアが、価値の高い情報の発信源になるのではないかと思うし、僕らはそうでありたいと思います。


社会問題は自分たちで解決するんだ、という人を増やしたい


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米田:最後に、堀さんが今後やりたいことと思っていることを聞かせてください。今の活動の延長も含め、なにか構想されていることはありますか?

パブリック・アクセス」を日本に導入するというのが、明確なミッションです。パブリック・アクセスとは公共の資源を誰でも簡単に使えるという権利のこと。電波は公共物と言いながら、使える人が限られています。インターネットの普及で、ようやくメディアは使うものだというカルチャーが根付いてきた。テレビだってそういう電波帯があってもいいんじゃないかと思います。

NHKにいた頃、「みなさんのNHKです」と言いながら実は徹底した自前主義・純血主義で、NHKの電波が使えるのは我々NHK社員だけである、というような風潮に矛盾を感じていました。そんな時にパブリック・アクセスの存在を知って、調べてみたら、アメリカもドイツも韓国も台湾でも、パブリック・アクセスという概念を法律で定めていることがわかりました。一般の人が電波を使って発信したいという要望に応える場をつくるべきだと思って、NHKを出ました。

TOKYO MXが放送している「モーニングCROSS」はそのモデルケースの1つだと思っています。TOKYO MXの設立時の理念は、「都民がつくるチャンネル」。都民が取材して都民が欲しい情報を届けるという、パブリックチャンネルのイメージでした。20年前は環境が整っておらず理念だけがあったけど、今はウェブと連携したりTwitterと連携したり、いろいろなことができます。

では、なんでパブリック・アクセスを実現したいのかといえば、これは長期的な話になってきますけど、個人個人が当事者意識を持って、「社会問題は政治家じゃなくて自分たちが解決するんだ」と思ってくれる人が1人でも増えてほしいから。

あまりにもたくさんの人が社会問題の中で立ち往生してしまい、解決策を導き出せなくなっている現状があります。そういう人が身近にいたら、「なんで国は何もしないんだ?」じゃなくて、「自分がやるぞ!」という人が増えていけば、もっといろいろなことが解決できるようになるんじゃないかと思うんです。そのための1つのツールとしてメディアがあればいいと思うし、メディアに自分が参画すると思えば、当事者意識がより芽生えるはずです。だからパブリック・アクセスを実現したい。簡単ではないですが、きっといろいろな方法でやり続けるでしょう。


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(聞き手・構成/米田智彦、写真/開發祐介)

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