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ライフハッカー編集部ライフハッカー編集部  - ,  09:00 PM

20年以上の経験から語る、「精神疾患」にまつわる5つの誤解

20年以上の経験から語る、「精神疾患」にまつわる5つの誤解

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「精神疾患」は鼻カゼのようなものではありません。嵐が過ぎ去るのを待つだけではダメですし、薬を飲めば問題がすべて解決するものでもありません。精神疾患というのは、ちょうど私たちの脳と同じように、とても複雑で、ミステリアスなものなのです。そのせいで、さまざまな「誤解」が生まれ、回復がずっと困難になっています。

今回は、あなたが心の病を抱えていてもいなくても知っておくべき「精神疾患にまつわる誤解」をいくつかご紹介しましょう。

誤解についてお話しする前に、まずは「精神疾患」の意味を確認しておきましょう。ときどき、ストレスや耐えがたい感情に襲われることは誰にでもありますが、それはごく普通のことです。一方、精神疾患は「日常生活を送ることを困難にする何らかの状態(病気)」を指し、人間関係や仕事に影響を及ぼしたり、病気でなければ手にできるであろう目標への到達を阻んだりします。

定義の幅が広すぎると思うでしょうが、それは人間の心がそれだけ複雑なせいなのです。精神疾患には、感情やモチベーションに深刻な影響を及ぼす「不安障害」や「気分障害」のほか、妄想や幻覚などが知覚・感覚に影響を与える統合失調症のような「精神障害」など、さまざまなものがあります。

このような障害を抱えての生活は、活力の衰退にもつながります。私たちは1日を乗り切るのに、自らの感覚や感情、知覚に頼っています。たとえその一部でもうまく機能しなければ、日常生活は困難なものになりかねません。

私は長年、精神疾患に苦しんできました。20年以上にわたって、うつ病アスペルガー症候群などさまざまな診断を受けてきました。非常に多くの誤解にも遭遇してきました。

そのなかには、一般の人たちにまだ知られていない基本的なものもあれば、筆者自身も捨て去る必要があった根深い思い込みもあります。それでは、今も残っていると思われる、こうした誤解をいくつか順に紹介していきましょう。


誤解1:メンタルヘルスの問題は永遠に続く


精神疾患に一家言ある医師や患者、友人は、一様によくこんなことを言います。精神疾患が「治ることはまずない」と。彼らがこんな風に言うのは、ひとつには誤った期待を抱かせないようにするためであり(従来の意味での「治癒」はほとんどありません)、もうひとつには、患者の苦しみをほかの人にも理解してもらうためです。問題なのは、しばしばそのせいで、「精神疾患の症状は絶対に消えないんだ」と解釈されてしまうことです。

もしこれが真実なら、セラピーも治療も無意味なものになってしまいます。うつ病のような気分障害を抱える人に、「症状が消えることは絶対にない」などと言えば、ただでさえ萎えているモチベーションがさらに萎えることにもなりかねません。けれども真実は、もう少し希望の持てるものです。どうすれば精神疾患を根治できるのかはわかっていませんが、精神疾患の多くは、症状を管理し、患者が充実した幸せな生活を送れるレベルにまで治療することが十分に可能なのです。

何十年もの間、大人になると人間の脳は変化しなくなると考えられてきました。医学博士のDavid Hellerstein氏が説明するように、1980年代、90年代に入っても「脳は時間とともに形を変えていく」というコンセプトには関心があまり集まりませんでした。しかし最近になって、「神経可塑性」(簡単に言うと、生涯を通じて人間の脳は新しい結合を形成し、自らを再構築するということ)は、脳の経時的な発達・変化に非常に大きな役割を果たしていることが、研究から次第に明らかになってきました。


かいつまんでいうと、われわれの研究により、「神経可塑性」(脳の構造・機能の継続的リモデリング)は、生涯を通じて生じることがわかりました。「神経可塑性」は、人生経験や遺伝子、生物学的因子による影響、行動による影響、また思考パターンによる影響も受けると考えられます。興味深いことに、運動や一般的な身体活動は「神経栄養因子」(脳細胞の成長・回復を刺激する化学物質)に大きな影響を与えます。


「神経可塑性」というコンセプトは、まだ新しい研究分野ですが、精神疾患を抱える人たちに大きな希望を与えています。現在の症状が深刻で耐えがたいからといって、この先もずっとそれが続くとは限らないからです。多くの人たちと同じように、筆者もこれを知ったのはつい数年前のことでした。自分の置かれた状況にもまだ希望があるように思えたのは数十年ぶりのことでした。

とはいえ、もちろん道のりは楽ではありません。治療が困難な統合失調症などの精神障害にとっては特にそうです。しかし、時間をかけて、セラピーと治療の力を借りれば、脳を順応させることは可能です。「完治」はしないかもしれませんが、それでも、精神疾患を抱えていることを、ベッドから出られないくらいの深刻な障害ではなく、「ささいな頭痛の種」ほどにすることはできるのです。


誤解2:暴力的な人、情緒不安定な人だけがメンタルヘルスの問題を抱える


コミックしか読まない人なら、放射線が人間に強大な力を与えてくれると思い込むようになっても致し方ないでしょう。同じように、映画やテレビ、ニュースしか見たことがないという人は、精神疾患を抱える者は、良くて映画「レインマン」のような障害を持った天才、最悪の場合には「連続殺人鬼」になるしかないと思い込んでいるかもしれません。しかし、どちらも正しくありません。

精神疾患は、その性質上、患者の人生を破壊します。しかし、病気の現れ方は人によって大きく異なります。精神疾患は、その人の行動やほかの人との接し方を決定する唯一の要因ではありません。うつ病患者のなかには、症状を内に秘め、表面上は完璧に幸せであるかのように見える人もいます。その一方で、症状がはっきりと見てとれる人もいます。不安は人を怒りっぽくしますし、ほかの人との交流を避ける原因になります。精神疾患が人を情緒不安定にすると思い込むのは、エンジニアになるとポロシャツやチェックシャツを着るようになると思い込むようなものです。

精神疾患は暴力としばしば結びつけられますが、両者の間に何らかの意味を持つ相互関係があることを示す証拠はほとんどありません。Heather Stuart博士が2003年に発表した、暴力とメンタルヘルスに関する論文で説明したように、精神疾患は「暴力の引き金となる必要条件」でも「十分条件」でもありません。言い換えれば、心の病を抱えているからといって、人は暴力的になったりしませんし、暴力的だからといって、その人が精神疾患であるとも限らないのです。

だからといって、重なる部分がまったくないと言っているわけではありません。気分障害や不安障害の人も暴力的になりえますし、それは誰にでも言えることです。あなたに気分障害の友達がいるとして、もしその友達が暴力的な傾向を示していないなら、何も心配する必要はありません。それと同じで、たとえあなたが順調な人生を送っているように見えても、不安障害になるかもしれません。性格やライフスタイル、経歴などにかかわらず、精神疾患になる可能性は誰にでもあるのです。


誤解3:精神疾患者はうまく人づきあいができない


精神疾患を抱えていることは、決して理想的ではありません。しかしだからといって、人と関わりながら、普通に生きていけないわけではありません。精神疾患は、どのような人間関係においてもストレスの原因になる可能性がありますし、友達や同僚、恋人との人間関係をうまく維持できるようになるまでは、「距離を置け」と言われることも多いでしょう。しかし普通は、その逆のほうが正しいことが多いのです。正常な人間関係から距離を置くことは、回復への障害となりうるのです。

メンタルヘルス系ジャーナリストで、自身も統合失調症の患者であるLisa R. Rhodesさんが説明するように、支えてくれる人がまわりにいると、回復には有益です。精神疾患は、患者の現実に対する認識や反応に影響を与えるため、病を克服しようとする自分の力になってくれる人たちとの関係は、非常に大きな財産なのです。


長年の研究から明らかになったのは、社会からのサポートは、精神疾患の回復には欠かせないということです。

とりわけ、支えてくれる恋人の存在はうつ病の回復には重要です。良好な人間関係は、症状の発現に襲われている患者を元気づけてくれます。反対に、険悪な人間関係は、うつ病の引き金になったり、発病しているうつ病をさらに悪化させたりします。


個人的な経験からいうと、うつ病との付き合いでもっとも困難なことのひとつは、世界に関する自分の捉え方がしばしば歪んでいるということでした。けれども、外部の情報を提供してくれる友人や家族のおかげで、その歪んだ世界観に立ち向かい、地に足をつけた状態を維持できたのです。そのようにして精神のバランスをとっていなければ、筆者はきっと自暴自棄になり、へたをしたら自殺にまで及んでいたことでしょう。うつ病は筆者の人間関係にしばしば大きな打撃を与えましたが(今でも時折そうです)、同時に、回復にとっては人間関係がとても重要だったのです。

たしかに人間関係は、精神疾患を抱える人にとっては困難なものです。けれども、末期の病気の人や、子どものいる人、互いに遠く離れて暮らしている人たちにとっても、人間関係は困難なものかもしれません。そして結局は、あらゆる人間にとって困難なものかもしれません。つまり、誰にとっても人間関係は簡単ではないのです。精神疾患があれば、人間関係は間違いなく一種のチャレンジになります。でも、だからといって、人との関係を築くのに不適格だというわけではありません。


誤解4:元気を出せよ


精神疾患に関する、最悪かつもっとも広まっている誤解のひとつは、まわりからの「元気を出せよ」という対応です。精神疾患をわずらったことがある人なら、お決まりのパターンをご存知でしょう。まず友達に自分の問題を打ち明けます。すると友達は、しばらくあなたの話に耳を傾け、親身になってくれます。でも最終的には、問題に対するあなたの考え方についてコメントするようになります。「そんなの思い込みさ」とか「あんまりクヨクヨ考えんなって」とか「とにかく前に進まないと」とか。

しかし、この「克服できない」ことがまさに問題であり、精神疾患と通常の日常的なストレスを分かつものなのです。脳は感情をフィルターにかけ、思考を理性的に処理できるはずですが、いつもそうとは限りません。誰だって、時には感情をうまく処理できなかったり、刺激や励ましを必要としたりすることがあります。精神疾患がそれと異なるのは、落胆や心配、無気力な状態から「正常な状態」へと戻す働きをする脳の部位が、正常に機能していないからなのです。「Hyperbole and a Half」という素晴らしいブログは、この誤解が、関わるすべての人たちにどのように損害と不満を与えてしまうかを説明しています。


でも、人は助けたいと考えます。躍起になってあなたに希望を抱かせよう、状況を前向きに捉えさせようとします。「希望」の連呼にいささかうんざりしながら、あなたはもう一度説明します。けれども、喜びをまったく感じられないんだと繰り返すと、その言葉はいやおうなしにネガティブさを帯びてしまうのです。まるで、あなたが落ち込んだ気分を望んでいるかのように。

そうなると、シャワーのような「ポジティブ」攻撃が始まります――巨大な「幸福のスプリンクラー」が狂ったようにあなたの顔面に向けられ、それが延々と続くのです。あなたは妙にけんか腰になり、相手の説得にかかります。「希望を追い求めても、自分には見込みなんてないんだ。だから、楽観主義の旗を掲げた十字軍を撤退させてくれ。退屈と孤独を抱えた元の自分に戻らせてくれ」と。

これがうつ病のもっとももどかしい点なのです。うつ病は必ずしも、希望を武器にすれば抵抗できる何かではありません。それどころか「何か」でさえなく、ただの「無」なのです。無と戦うことはできません。無を満たすことも、覆い隠すこともできません。無はただそこに存在し、すべてから意味を消し去ります。「希望と積極性」に満ちた解決策は、あなたが抱える問題の巨大さと比べて、まったく意味のないもののよう思えてくるのです。


気分障害や不安障害では、特定の感情が問題になっているのではありません。あらゆる感情を抱く能力を失うということなのです。初対面の人と会う時に緊張する必要はないとわかっていても、脳のなかは気まずさでいっぱいになってしまうのです。そう考えないよう自分に言い聞かせても、うまくいきません。逆に、もし「それを克服」できるのなら、そもそも精神疾患にはなっていないでしょう

他人に「元気を出せよ」と言わせてしまうこの誤解は、とりわけタチの悪いものです。なぜなら、精神疾患を抱える患者自身もそれに屈してしまうからです。まわりから考え方を変えるように言われ、でもそれができない場合、「どうして自分は考え方を変えることができないのか」とストレスを感じ始めます。自分の不安をコントロールできないことで、ますます不安が増します。絶望感を止められないことで、さらに絶望します。まさに悪循環です。その流れを断ち切る唯一の方法は、患者と彼らを支える人たちの両者が、代替策を見つける必要があると認識することです。


誤解5:治療は時間の無駄


精神疾患に関するもっとも有害な誤解のひとつは、セラピーの受診は時間の無駄だという考えです。ひとつ前の誤解とよく似ていますが、これも「絶望を感じる患者」と「もどかしさを覚えるまわりの人たち」の両者が原因です。そしてやはり、本当の回復にとっては妨げにしかなりません。

ここまでに述べてきたすべての誤解のなかで、筆者が個人的にもっとも身近に感じられるのがこの誤解です。残念ながら、神経科学はまだ発展途上の分野です。つまり、メンタルヘルスのプロフェッショナルでさえ、開発段階の技術、人間行動を理解するためのモデルの絶え間ない変化、といったものの影響を受けている可能性があります。

もしあなたが皮肉屋なら(あるいは治療費があまりにも高額なら)、助けを求めるのは無駄なような気がするでしょう。「なぜ話を聞いてもらうのに数百ドルも支払わなければならないんだ? 悩みだったら、飲み友達がタダで聞いてくれるじゃないか」と。

この誤解が問題である理由は、1つ前の誤解で説明がつきます。つまり、飲み友達といったまわりの人間はたぶん、自分たちが何を言っているのかわかっていません。トークセラピーは時間の無駄のように思えるかもしれませんが、お金を払うのは話すためではありません。自分(そして、あなたの飲み友達)よりも精神疾患についてよく理解している人の知識を得るためにお金を払うのです。プロフェッショナルに有料で依頼する大半のサービスと同じように、トークセラピーも専門知識にお金を払っているのです。

治療プロセスはとても長く、無駄な努力のように思えるときもあります。トークセラピーの場合、最初の数回はおそらく、自分の過去についていろいろと話さなければならないでしょう。「弁証法的行動療法(DBT)」といった一部の治療法では、突発的な感情を抑えるための対処メカニズムや方法などを学ぶクラスが開設されることもあります。医師から薬を処方される場合、自分に合った薬が見つかるまで、何種類もの薬を試さなければならないかもしれません。また、言うまでもなく、新しい治療法は現在も、次々に開発されています。

「心配しすぎるところだけが問題なのに」という人でも、やるべきことは山のようにあります。うつ状態なら、どのタイプのセラピーを受ければいいのかを考えるだけでも、圧倒されてしまうかもしれません。ましてや、毎週やる気を奮い立たせて、予約に間に合うように家を出るなんて大変なことです。けれども、先ほど例を挙げて示したように、治るまで「気分が晴れる」努力をするだけでは、うまくいかないのです。その一方で、助けを得れば、うまくいく可能性があります。小さなチャンスでも、まったくないよりはましです。

筆者個人の「旅」は20年近くかかりました。8歳の時に何度か発作に襲われ、てんかんの診断を受けましたが、それは誤診でした。その後、トゥレット障害と診断されました。そこに、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とOCD(強迫性障害)が加わりました。そのうえ、うつ病にもなりました。これまでに少なくとも12種類の薬を飲んできました。宿泊設備のある療養施設や、特殊教育学校にも通いました。困難を乗り越えようと努力し、祈り、コンピューターを使った脳の再プログラムも試してみました。

この旅が無意味なものに思えた瞬間は百万回もありました。問題を悪化させた経験もあったと言えます。私がここで言いたいのは、治療を受ければきっと効果が現れるということですが、でもその一方で、それが必ずしも真実ではないことも、嫌というほどわかっています。何かを試してみたものの、うまくいかない場合はあるものですし、ぬか喜びさせたくありません。けれども、筆者が試したなかで唯一、確実に「何も得られない」ことがありました。それは、「何もしない」ことだったのです。


Eric Ravenscraft(原文/訳:阪本博希/ガリレオ)
Photo by Shutterstock.

  • ,,,,,,,, - By 香川博人LIKE

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