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印南敦史  - ,,,  06:30 AM

嫌な記憶を忘れるための方法

嫌な記憶を忘れるための方法

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忘れたいことは誰にでもあるものですが、そうはいっても、忘れるのはなかなか難しいこと。そのことについては、『忘れたいことを忘れる練習』(植西聰著、フォレスト出版)の著者もこう記しています。


もしかしたら、記憶しておかなければならないことを覚えておかないという支障よりも、忘れなければならないことを忘れられないでいる問題のほうが大きいかもしれません。また、ここで強調して言っておきたいことは、覚えるよりも、実は、忘れるほうがずっと難しいということです。(「まえがき」より)


そこで本書では、忘れるための方法をいろいろな角度から考えてみているということ。今日はそのなかから、第4章「上手にあきらめれば、上手に忘れられる」を見てみましょう。前向きに生きるためには、あきらめることも必要だという考え方が紹介されている部分です。


「諦める」とは「明らかに悟る」こと


「あきらめる」とは一般的に、「うまくいく希望や見込みがないと考えて、やめる」というような意味。漢字では「諦める」と書きますが、この「諦(「てい」「たい」)という字は、仏教のことばなのだそうです。そして仏教でいう「諦」には、「明らかに悟る」という意味があるのだといいます。

だとすれば気になるのは、なにを「明らかに悟る」のかということですが、その点について著者は「『これは自分の力ではどうすることもできない』という事実を明らかに悟る」ことだと説明しています。

ただし、それがなかなかできないのが自信過剰の人だとか。そういう人は、たとえば仕事で思うような結果が出せなかった場合などに、「こんなはずはない。なにかの間違いではないか」といつまでも気にとめ、思い悩んでしまうケースが多いのだそうです。つまり、「自分の力が足りなかったのだから、仕方がない」という事実を明らかに悟ることができないということ。

そうなると必然的に次のステップには進めなくなりますが、こういう場合は、自分への自信に傷がつくことを恐れず、「『これは自分の力ではどうすることもできない』という事実を認めてあきらめてしまう方がいい」と著者。そうすることで不本意な事態を忘れ、人生を前進させることができるからです。(84ページより)


「人が予測することは滅多に当たらない」と知っておく


人は「未来はこうなるだろう」と予測しながら生きているもの。しかし、「その予測が的中することはあまりない」と著者は断じています。なぜなら人間は、未来について誤った判断ばかりしているから。だとすれば、未来のことは誰にもわからなくて当然です。

「この株を買っておけば、将来値上がりして大儲けできるに違いない」と思って購入した株が値下がりし、「あんな株、買うんじゃなかった」と後悔する。

「あの人に、これをプレゼントすれば喜んでくれるに違いない」と予想してプレゼントしたものを、相手は喜んでくれなかった。だから、「プレゼントしようなんて考えるんじゃなかった」と後悔する。

そんなことがあると、嫌な思いを忘れられなくなるもの。だから、はじめから「未来の予測なんて滅多に当たるものではない」と、腹をくくって生きていく方が賢明だという考え方です。そう知っていれば、仮に予測が外れてもダメージを和らげることができる。つまり、嫌な思いを忘れられなくなることもないわけです。(88ページより)


「自分も相手も平凡で、愚かな人間にすぎない」と気づく


人はそれぞれ異なった意見や考え方を持っているものなので、誰の意見が正しく、誰の考えが間違っているのか、という問題ではないことになります。いわば、単に「異なっている」にすぎないということ。地球上には多くの人間、民族、国家、言語があるのだから、意見が食い違う人がいるのは当たり前。だとすれば、まわりの人すべてが、自分の意見に同調してくれるという期待はすべきでないと著者はいいます。

とはいえ人間は往々にして、「自分の意見や考え方が正しく、他の人は間違っている」という考え方に陥ってしまいがち。真っ向から反対意見を述べられると、「バカにされた」「いいがかりをつけられた」と怒りを感じたりするのはそのせい。

ところで、「和をもって貴(とうと)しとなす」ということばを残した聖徳太子は、次のように述べているそうです。


「自分が正しいと思えば、相手が間違っていると思えてくる。自分が聖人だと思えば、相手が愚かな人間に思えてくる。そう考えてはいけない。自分も相手もともに平凡で愚かな人間にすぎないのだ」(91ページより)


自分も相手も平凡で愚かな人間だと認識してこそ、人と人は「和」の関係をつくれるというわけです。なお、ここでいう「和」とは、「相手と対立するのではなく、ともに仲よく協力しあっていく」ということ。

また、「仲よく協力しあう」という気持ちが生まれれば、反対意見をいってきた相手に対して「バカにされた」「いいがかりをつけられた」などと感じることもなくなるはず。なぜならその前提として、「自分も相手もともに平凡で愚かな人間にすぎない」という考えに立つから。(90ページより)


「意地悪な人に出会うのも、避けられない運命だ」とあきらめる


「意地悪な人のことが忘れられない」と嘆く人がいますが、たしかに嫌なことをされれば頭にきますし、意地悪な相手の顔を忘れられなくても当然です。しかし、著者はここで「怨憎会苦(おんぞうえく)」という仏教用語を引き合いに出しています。「この世で、恨んだり、憎んだりする人に出会う苦しみ」という意味。

人はこの世で、愛する人と出会う一方、恨んだり、憎んだりする人にも出会うもの。それを仏教では、「生きていれば、意地悪なことをされて悩んだり、憎んだりする人に出会うことになる。それは人間の運命だ」と考えるのだということ。

「意地悪な人になんて会いたくない。あんな人とはつきあいたくない」と避けているから、かえって苦しみが増し、その人の存在を忘れられなくなる。むしろ「しょうがない」とあきらめるほうが、上手に忘れられると著者はいいます。(94ページより)


悪者探しをやめ、「たまたまそうなっただけ」と考える


「私に能力がなかったから、必然的に仕事で失敗した」と考えるなど、人は悪いことが起こると「必然的に悪い結果が出た」と考えがち。そして能力のない自分のことを、いつまでもクヨクヨと思い悩むことになる。また一方、「あの人が悪いから、必然的に仕事で失敗した」と考える人もいるでしょう。そして、その人のことを恨み続けるかもしれません。

しかしそれでは、明るい未来を築いていくための意欲はいつまでたっても生まれてはきません。そういう意味でも、失敗した原因を自分の能力のなさや、他人に求めることはやめる方が賢明だと著者は主張しています。

この項では「この世で起こるほとんどのことは偶然の出来事だ」というフリードリヒ二世のことばが紹介されていますが、つまりは嫌なことも「偶然の出来事だった」と考えればいいわけです。

「失敗したのは、偶然の出来事。誰が悪いという問題ではない」
「たまたま今回は、うまくいかなかっただけ」

そう考える方が、「次はがんばろう」と気持ちを切り替えることができるということ。そして、「失敗を早く忘れ去って、前向きに生きていこう」という気持ちになれるということ。悪者探しをしてクヨクヨ悩んだり、誰かを恨んだりしても無意味。だとすれば、「たまたま、そうなっただけだ」と割り切る方が賢いというわけです。(98ページより)


❇︎


著者は、心理学から仏教などの東洋思想までにおよぶ幅広い知識を持っていることで知られている人物。ここに書かれたひとつひとつのことばに説得力があるのは、そんなバックグラウンドのおかげなのかもしれません。


(印南敦史)

  • ,,,,, - By

    香川博人

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