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印南敦史  - ,,,,,,,,  11:00 AM

自然と生きる「木こりビジネスマン」が勧める、静岡の山暮らしとたくましい子育て

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自然と生きる「木こりビジネスマン」が勧める、静岡の山暮らしとたくましい子育て

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数々のビジネスリーダーやクリエイターに、その行動力の源や過去の転機などを伺い、まとめている本連載。お話を聞く中で感じたのは、自分らしく生き、自分らしく働くことの大切さ。さらには取材を重ねていくごとに、「どの土地で働くか」も重要なポイントであることがわかってきました。都会で生きるのか、地方に移住するのか、または都会と地方との「二拠点生活」をすべきなのか。

今回の取材相手は、地方の魅力を知る人です。連載第15回に登場するのは、限界集落の木こりとして尽力する、株式会社玉川きこり社取締役の繁田浩嗣(しげたひろつぐ)さん。その仕事ぶりは、下記のサイトでも取り上げられています。


限界集落のきこりとして「土地に入り込む」ワークスタイル~株式会社玉川きこり社・繁田浩嗣さん〜|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬


現在の職場があるのは、静岡県北部の玉川地区。そこからほど近い牛妻(うしづま)地区出身の繁田さんは、静岡の大学へ進学したのち、静岡市内の出版社の広告営業として働きます。しかし、玉川に魅了された人々の集まりである「安倍奥の会」に参加し、手伝いをするようになったことがきっかけで、玉川での暮らしを意識しはじめるようになったのだとか。

現在は知人と「玉川木こり社」を立ち上げ、材木の伐採をする他、ふるさとツアーや木こり体験などの山村イベントを通じて、地元の活性化に貢献しています。


都会に憧れた経験なし


緑豊かな牛妻で生まれ育った繁田さんは、幼いころから自然に囲まれて育ったという根っからの自然児。そんな少年を魅了したのは、親戚が住んでいた玉川地区でした。きれいな川があって、魚がいて、野生動物がいて、カブトムシもいるこの地こそ、理想とする本当の田舎。それから10数年後、憧れの玉川を生活の拠点にすることになるのですから、夢の半分が叶ったともいえそうです。

都会に憧れを持ったことは、ほとんどないのだとか。東京の大学を受験こそしたものの、興味のある学部があったから、というだけのこと。結果的には合格できず、自然豊かな静岡市郊外にある大学へ進みます。写真家・探検家の星野道夫氏がアラスカを撮った写真集を見たことをきっかけに、学生時代だけでなく、就職してからも6回にわたってアラスカを訪れたのだそうです。その結果として大きくなっていったのは、意外なことに地元への思い。アラスカへの移住も考えていたものの、次第に「すぐそばにある自然」の価値を実感するようになっていったというわけです。


会社員から木こりへ転身を決意


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この日の取材は「安倍奥の会」がイベントなどを行うために借りている古民家「栃木の家」で。
夏日であっても吹きぬける風で充分に涼しく、冷房は要らない。


大学卒業後は、静岡のタウン誌を発行する会社に就職。主な仕事は広告営業でしたが、取材や原稿執筆なども手がけ、充実した日々を送っていました。それにもかかわらず、7年の歳月を経て転職を意識したのは、玉川との関係がどんどん深まっていったから。


繁田:玉川に惚れた仲間が集まる「安倍奥の会」に誘われて、イベントなどのお手伝いをするようになったんです。メンバーはよその地域から来た人たちだったので最初は抵抗があったんですが、雰囲気になじんだら、だんだん気持ちが変わっていきました。共感できたのは、人間らしさかな。自然と共存しながら暮らしていて、生きる力があるんです。梅干しを自分で干したり、食と深いつながりを持っている生活にも魅力を感じました。


都会に憧れるわけでもなく、すぐ近くに理想的な場所を見つけた。そんな現実は、繁田さんと玉川との距離をぐっと縮めました。そして林業をやろうと決意し、会社を辞めることにしたのです。


繁田:辞めたのは去年の秋です。その1年半前くらいから玉川で仕事をしたいと思い始めていて、辞めるのは2~3年後かなと思ってたんです。そこにたどり着くまで紆余曲折はあったんですが、いまの会社の社長と仲間、それから僕でいろいろ考えた結果、木を使ってビジネスをやろうということになった。どう考えても玉川の最大の資源は木です。

でも、林業にはシーズンがあるので、その年の秋から始めないと、次のシーズンまで待つことになってしまうんです。そんなに待てなかったし、「じゃあ辞めようかな」という感じでした。


厳しい師匠についた理由


前述の「安倍奥の会」で、繁田さんは知らずしらずのうちに、木こりたちに出会っていたといいます。


繁田:実は、木こりたちには安倍奥の会の活動で以前から会ってたんです。で、最初は彼らが木こりだとは知らなかったですし、木を切るところを見たこともなかったんですけど、ちょっとした所作にレベルの違いを感じていたんです。たとえば、「そうめん祭り」をやるとなったら、どこかの竹林から太い竹を切ってきて、あっとういう間に竹スライダー(そうめんを流す竹)をつくっちゃう。ノコギリとナタだけを腰に2丁差して、竹をぱーんと割って、面をとって...と、やることに迷いがないんですよね。何かトラブルがあれば、その人にとって初めてのことでも、思いもつかない方法でさらっと解決しちゃう。そういうかっこいい人が、あとから知ったらみんな木こりだったんです。


かくして林業をビジネスにすると決めた繁田さんは、本格的な師匠探しをスタート。木が豊かな玉川だけに木こりは予想外に多く、かっこいいと思える人たちばかりだったため、誰につくかで悩んだそうです。


繁田:いまの師匠に弟子入りを申し出ようと決めた最後の理由は、「仕事にとても厳しい人」だったからです。見るからに生活がきっちりしてるんですよ。師匠はお茶畑も手がけているんですけど、とにかく仕事がていねいなんです。そして、人付き合いでも、しっかり仁義を通される方です。僕は詰めが甘くて、そういうのが苦手なので、一から修行させていただきたいなと。実のところ、怖いなという気持ちもありましたが、一番厳しい方の下で頑張れば、将来のためにもなると考えてました。

修行期間は未定だったんですが、半年経ったころに親方から「俺らはこれからの時期はお茶畑を見なくちゃならないからから、今後は1人でやれ」って言われたんです。「あと2~3年は面倒を見てもらわないと独立させてもらえないだろう」なんて漠然と思っていたんですが、そんなわけで、それからは1人でやることになりました。まだ早いなという気持ちもあったんですけど、師匠から全部吸収してやろうと日々思ってやってきたし、人の3年分くらいはがんばったという自負はあります。


山とともに生きる「木こり」の生活サイクルとは?


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ところで、あまり知られていないのが木こりの生活サイクルです。一日のスケジュールは、どのようになっているのでしょうか?


繁田:修行期間は5時に起きて、6時半に山に着いたらたき火をしてお湯を沸かしておくんです。7時に親方が来て、お茶を飲みながら1時間ぐらいミーティングをして、8時から12時までぶっ通しで作業です。それからお昼をはさんで午後1時にまた始めて、午後は4時まで。独立したいまは、6時に起きて、会社でデスクワークしてから山に上がって、夕方4時ごろに降りて来て、またデスクワークという感じです。それが月の半分くらいで、残り半分は木こり体験ツアーの営業をしたり、チラシなどの営業ツールをつくったりしています。

たしかに仕事は大変ですけど、辞めようかなと思ったことはないですね。自分も親方みたいに山を駆け回れるように、とにかく足腰を鍛え、一日も早く仕事を身に付けなきゃとがんばっていたので。だから、心が折れそうになったこともないです。


そもそも、木こりの雇用体系はどうなっているのかということは、少しばかり気になるところです。


繁田:近年、林業を始める新人の雇用に対しては、国から多くの助成金が雇用主に入るんです。それを利用して、森林組合とか民間の大きな事業体に雇ってもらうのが一般的です。でも、僕は今の親方に山仕事を教えていただきたかったので、その助成制度を使わずに始めました。きっと、親方はかなり無理をして僕を雇ってくれたんだと思います。なにせ、チェンソーを持ったことすらないど素人に日当を支払わなければならないですからね。とても感謝しています。一日も早く役に立てるようになりたいという気持ちも、モチベーションにつながりました。これは、助成制度を使っていては得られない緊張感だったと思います。


なるほど。では、木こりという仕事のビジネスモデルはどのようになっているのでしょうか。


繁田:地主さんがいるので、木は勝手に切っていいわけではないんです。そして山も「ここは誰のもの」って区分されている。たとえば「この木は1本2万円だから、100本あれば200万円だね」というように、地主さんの財産なんです。それを材木市場へ持って行って売るんですけど、地主さんは自分では切れないので、伐採作業をきこりが請け負うんです。その作業代が、木こりの売上になるんですね。それがいちばん簡単な仕組みです。

あとは、「200万円の木を100万円で売ってくれ」というように、木こりが先に山を買うケースもあります。地主さんは、切り出すために作業者を雇えば、さらに100万円の経費が必要になりますよね。だからそこにコストをかけるより、1回で100万円儲かった方が効率がいい。山を買った木こりはできるだけ手間が掛からない方法で、日数を削減して効率良く市場に出すんです。すると浮いた分が、プラスの利益になる。そうやってる人も、一部にはいます。

いずれにしても、現在の間伐や植え付け、作業道を作る仕事などは、行政からの手厚い助成金によって成り立っているといっても過言ではありません。僕は、そんな状況にすごく不安を感じます。助成金をもらうことばかりに考えが集中してしまったり、どうやったら山が元気になるかを本気で考えられないんじゃないかって。なので、これからは、助成金に頼らない林業のビジネスプランを模索していこうと考えています。


でも、いまの時代は機械を利用できるのでしょうが、昔はそうもいかなかったはず。いまの木こりと昔の木こりでは、作業の進め方もだいぶ違うはずです。


繁田:切った木を運ぶときは、その後の用途に応じて、たとえば3メートルとか6メートルとかに切り、パワーショベルを使ってトラックに積み込むんです。ただ、そういう機械がなかった時代は、切り倒してから半年くらい、その場に放置しておくんですよ。するとどんどん乾燥して、重さが半分ぐらいになる。それを3メートルくらいに切って、担ぐか馬に引っ張らせて川まで持っていくんです。それを大きないかだに組んで、船頭さんが乗ってずっと町まで持って行っていたそうです。


...想像するだけでも、作業の大変さがわかります。


月に10万円あればできる、豊かな暮らし


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お話を伺っていると、たしかに都会とは異なる生活がここにはあります。玉川の魅力と可能性については、どうお考えでしょうか?


繁田:ひとつ言えるのは、玉川にいる理由は「仕事があるから」「仕事がつくれそう」だからです。林業っていう仕事がある、山っていう資源があるからなんとかできる。つまり、仕事をして食っていける見通しがあるんです。いままではそれをうまくビジネス化できている人が少なかったんですけど、僕は会社員経験があるし、少しは市場を見たビジネスができる。そこに開拓の余地があると思うんです。

だからまずは、この資源に魅力を感じたということですね。自然のなかでの暮らしは魅力的なんですけど、思いだけだと人の流れは変えられない。村に人を呼び戻したいのなら、「お金の流れ」を変えることが「人の流れ」を変えることにつながるんだという結論に至り、それで会社にしようと思ったんです。ですから、そういう意味で可能性があるからいるんだろうなと思います。


たしかに、仕事やお金の問題など、クリアできる部分さえクリアできれば、都会よりも快適な暮らしが実現しそうではあります。


繁田:1人なら、10万円あれば普通に生活できると思いますよ。月に1万円で借りられる家はいくらでもありますし、ものを買う必要もあまりない。それに「こっちに住んだら、お金が必要ないから稼がなくていいよ」って言うと逃げてるような感じがしますけど、現実的には稼ごうと思えばいくらでも稼げると思うんです。そこを勘違いしちゃうとまずいかなと思うので、僕らはしっかり稼ぐことを会社としてやりたいということなんですけど。

大切なのは、人間らしく生きることですよね。いまの時代って、つくられたような虚無感があると思うんです。でも昔は、どこに行ってもこういうのんびりした暮らしがあった。ここには、人間にとって本質的な生き方や幸せがある。そういうものが、いずれ見直されると思うんですよね。たとえばリーマンショックみたいなものがあっても、こっちでは困らない。畑をやっていれば、食べるものはつくれますし。


ちょっと現実的な話もお聞きしておきましょう。都会から玉川に移住したとして、住む難しさは?


繁田:教育の問題ですね。中学まではいいんですけど、高校になると通うのが大変なんです。自転車で通うと1時間かかって大変なので、下宿させちゃう家も多いです。でも、そうするとお金もかかるし、高校生では一人暮らしは不安だし。なので、そこがちょっと大変かな。子どもが中学を卒業するまでは、田舎生活にすごく適してると思いますけどね。あとは虫がすごく出るもんで、それが嫌な人もいるかもしれないですね(笑)。

でも、イベントとかで、この村で育った子どもと市街地から呼んだ子どもと一緒に遊ぶことがあるんですけど、もう全然違うんですよ。この村の子どもは慣れたもので、ちょっと山へ行ったり、川で遊んだり、火起こしも全部できる。「たくましさ」が3段ぐらい上ですよ。僕が師匠たちに感じていたかっこ良さみたいなものを、うっすら感じますよね。

だから、子供を自然の多い環境で育てたいっていう人には来てもらうといいかなと思うんです。郷に入ったら郷に従えじゃないですけど、ここでの暮らし方や文化、おいしいものとかを自分で採ってきたりとか、おいしい調理の仕方とかはご近所さんが全部知っているから、ぜひ前向きに吸収してもらえれば。僕らの会社としても、この玉川が受け継がれていくための環境づくりを担いたいっていう理念があるんで、ここにレジャーランドをつくるんじゃなくて、文化を受け継ぎたいって思う人、吸収してくれる人が住んでくれるといいかなって思います。


幸せに生きていける自信がある


自然に囲まれてゆったりと暮らしている繁田さんの目に、都会で生きる人はどう映るのでしょうか?


繁田:僕は東京に住んだことがないから、本当のことはわからないんですよ。でも、病んでいる人が多そうなイメージがあって...。だから「こっちで、お金のかからない楽な生き方をすればいいのにな」とか思うこともあります。こっちの暮らしに自信があるんですよ。確実に幸せに生きていけるっていう自信があるし、大切に生きていけるっていう自信があるし。それは、自然のなかで生きてるからなのかな。


インタビューも終盤に差しかかったころ、山の方から鳥の澄んだ声が聞こえてきました。


繁田:個人的に、鳥が好きなんです。山のなかには、下にはいない珍しい鳥もたくさんいて、いろんな声が森のなかに響いてるんです。その感じがね、すごくいいなと思ってて。それに、いまの現場はすごく景色がよくて、海が見えるんですよ。海が見える現場って少ないんですけど、すぐそこにあるんですよね。だから、海と山がつながっていることを実感できる。それがいいんです。


鳥の声を日々の音楽のように楽しめるなんて、山と海の景色を同時に楽しめるなんて、本当にうらやましい。事実、時間がゆっくりと流れていくのがわかりました。


繁田:毎日、山に入っていると、同じ場所でもすごくきれいなときと、そうでもないときがあるんです。その対比がいいんですよね。それは、通っていないと味わえないこと。アラスカに写真を撮りに行ってたときも感じたんですけど、1日や2日行ったってわからないことがあるんですよ。何日もテント張って待っていたら、何日かしてやっとカリブー(トナカイ)が目の前を通ってくれるとか。そういう、ある程度の時間をかけないと見られない景色が、ここにもあるんです。同じ山でも、霧の出方が毎日全然違う。それを楽しめるのは、ぜいたくだなと思っているんですよ。


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自然が好きだから、そもそも東京で暮らしたいという発想がない。興味があるのは、玉川に暮らし、そこでどのようなビジネスモデルを構築していけるかということだけ。ブレるとかブレないとかいう以前に、目標とすべきものしか視野に入っていない。繁田さんのスタンスは、まさに「シンプル・イズ・ベストな生き方」と呼べると感じました。

玉川きこり社のビジネスはまだはじまったばかりですが、玉川の自然と真正面から向き合う姿勢がある限り、いつかきっと結果につながるはずだと実感できました。下記のサイト「キミハツ」内にある記事にも、繁田さんの自然や玉川への思いがあふれています。ぜひ、あわせてご覧ください。


限界集落のきこりとして「土地に入り込む」ワークスタイル~株式会社玉川きこり社・繁田浩嗣さん〜|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬


(印南敦史)

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