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印南敦史印南敦史  - ,,,,,,,,  11:00 AM

秋田と東京の二拠点生活がいい:若手米農家と秋田を活性化する「トラ男」プロデューサーの働き方

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秋田と東京の二拠点生活がいい:若手米農家と秋田を活性化する「トラ男」プロデューサーの働き方

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数々のビジネスリーダーやクリエイターに、その行動力の源や過去の転機などを伺い、まとめている本連載。お話を聞く中で感じたのは、自分らしく生き、自分らしく働くことの大切さ。さらには取材を重ねていくごとに、「どの土地で働くか」も重要なポイントであることがわかってきました。都会で生きるのか、地方に移住するのか、または都会と地方との「二拠点生活」をすべきなのか。

もちろん考え方によって答えは変わってくるでしょうが、ひとつのヒントになりそうなのが、連載第13回の取材相手である武田昌大さんの働き方です。秋田県北秋田市鷹巣町で生まれ育った29歳。秋田の若手農家を支援するプロジェクト「トラ男」のプロデューサーで、現在は自身の会社であるkedama inc.の代表取締役社長を務めています。一度は東京に拠点を移したものの、久しぶりに帰郷したあるとき、見慣れた町の変貌ぶりを目にします。そこで感じたショックが、人生の方向性を大きく変えることになりました。以下のサイトでも、武田さんが奔走する様子を、写真家の浅田政志さんによる写真と共に垣間見られます。


写真家・浅田政志さんが撮る「武田昌大さん」(トラ男)|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬


現在はプロデューサーとして地元の農家をとりまとめながら、全国的にも評価の高いお米を通じ、秋田の活性化に尽力。東京と秋田を往復する生活を送っています。「いまでは、自然豊かな秋田が大好き。けれど、東京から離れることもできない」という気持ちで、二拠点生活を送っているのだそうです。


トラ男が目指すのは「3Y農業」


武田さんが発案者であるプロジェクト「トラ男」。語感もユニークな「トラ男」とは、「トラクターに乗る男前」の略語。その裏には、「自然と向き合い、愛情をたっぷりと注いでお米を育てる農家こそが真の男」という意味が込められています。「夢が持てる・やりがいのある・嫁がやってくる」という"3Y農業"を目指す彼らは、いわば先祖代々の土地を受け継ぎ、積極的に農業を営む若手農家の集合体。

武田さんは、個性豊かな3人の若手農家の取りまとめ役。彼らが丹誠込めてつくったお米を、ウェブ通販を中心としたルートによって消費者や飲食店に直接流通させています。メディアにも積極的に顔を出し、お米を主軸とした秋田の魅力をアピールし続けています。


週5日働きながら、週6日大学院で学ぶ日々


ただし武田さんのご実家は、農家ではない一般的な家庭。もともと農業に縁はなく、それどころか関心を持っていたのは、劇的に進歩し続けるゲーム業界。当然ながら将来は東京へ出ていくつもりでしたが、高校卒業後に関西の立命館大学へ進んだのは、ちょうど同学に新設された「情報理工学部」に興味を持ったからだといいます。大学生活は武田さんの人間性を大きく変えたようです。


武田:もともとコミュニケーション能力が低かったので、関西のボケ・ツッコミ文化にはカルチャーショックをおぼえましたね。現在の僕の「普通の答えは返さない」という思考能力は、そこで培われたものかもしれません。


やがて就職の時期が訪れます。ただ、そのままどこかの企業に入ってSEとして働くような自分は想像できなかったのだといいます。


武田:「そこが終着点ではないだろうな」というような気持ちです。それにいつかは東京に行きたいという気持ちもありましたから、授業内容に魅力を感じていたデジタルハリウッドの大学院に進むことにしたんです。夜間ですから、日中は仕事ができるということで、昼間は週に5日、携帯電話向けのコンテンツ会社で働きながら、大学院には週6日通っていました。体力的にはきつかったですけど、やりたいことをやれていたので楽しくて、いろんなことを吸収できた1年目でしたね。

2年目になると、いろいろ将来のことを考えはじめるわけですが、そんなときにちょうど憧れていたゲーム業界に行けまして。やりがいもあったし、そのままの流れで働いていくのかなって思っていたんです。24歳くらいのことで、充実した時期でした。


ひさしぶりに地元に帰る機会ができたのは、そんな時期のこと。すっかり東京に慣れていた武田さんが高速バスを降りたと同時に目にしたのは、「町に活気がない」と感じた地元の現状。シャッターが下りた商店街や、幼いころに遊んでいた場所がなくなっていることを一気に見たことで、初めて気持ちが落ち込み、意識が大きく変わったといいます。


働きつつ土日は秋田へ帰り、100人の農家からノウハウを学ぶ


140820kimihatsu_2.jpg100年以上の歴史がある「阿仁の棚田」


武田:嫌いな場所だったはずなのに地元に寂しさを感じ、小さな悲しみみたいなものを抱えたまま東京で暮らしていたんです。秋田のことをばかにされるとイラッとしたり、電車で秋田の広告を見るとちょっとうれしかったり、そういう日々が続いて「あれ、俺、秋田のことが好きなのかもしれない」と。やがて「少しでも秋田のためになるようなことができるんじゃないか」と思い始めました。不思議と、できるはずだって自信があったんです。具体的には、東京で吸収したITのノウハウを農業に生かせないかと考え、秋田について調べたり、人に聞いたり、東京で開催されている秋田のイベントに顔を出したり。アクションを繰り返していったんです。


そんな中で行き着いたのが、「秋田県の強みは、やはりお米だろう」という思い。たしかに農林水産省の調べでは秋田県の食料自給率は全国2位で174%、ブランド米の「あきたこまち」も知名度抜群です。


武田:漠然と、「農業×IT」みたいなことができるんじゃないかと思ったので、農業の現状を知るため、月~金は東京で働きながら、土日に秋田へ帰り、「農業について教えてください」って農家を一軒一軒歩いて回ったんです。みなさん親切に教えてくれましたし、「泊まってけよ」とか「飲んでいけよ」と言ってもらえたりもして。そういう日々を3カ月間続けて、秋田に帰った18日間で100人ぐらい、老若男女いろんな農家さんとお話をしていき、かなりの知識を貯えることができました。


その過程で、後に強力なビジネスパートナーとなる3人の「トラ男」と武田さんは出会います。


武田:高齢化の進む秋田県で、若手の農家が頑張ってますよと、楽しく農業やってますよっていうところを、やっぱり都会の人たちにも知ってもらいたい。だから、インパクトのある名前で発信していきたいという思いが出てきて、それをひたすら知り合った100人の農家に話していきました。

はじめは、TAKUMIくんに出会ったんです。思いを伝えたら「詳しくはわからないけれど、武田さんの熱意に付いていきます!」と。そのつながりでYUTAKAさんを紹介していただいたら、インターネットで直販するという仕組みそのものに挑戦する価値を感じてもらえた。TAKAOさんは「八峰町というところに、若いのに自分ひとりで頑張っているすごい農家がいるよ」っていう話を聞いて、メールを送って会いに行きました。自分の米を売る手段の1つとして「やってみようか」と乗ってくれて、当初計画していた3人の若手農家がそろったんです。


2010年5月にチームを結成して、2010年10月に販売開始。初年度に用意した300キロの米は、わずか4カ月ほどで完売。2011年6月にNHK『クローズアップ現代』で紹介されたこともあって知名度はどんどん上昇し、出荷量も3トン、6トン、9トンと順調に上昇しています。そこに至る裏側には、武田さんの経験や独自の仕事術が活かされていたのでした。


「心底好きと口に出す。恥ずかしがったり、遠慮しちゃだめ」


140820kimihatsu_4.jpg「トラ男」で販売しているお米「トラ男米」
オリジナルのダンボールをつくり、発送作業も1つずつ自分たちで行っている。


トントン拍子で来たようにも見える武田さんですが、実は東京に出るまではコンプレックスの塊で、極度の人見知りだったといいます。そんな傾向は、お米を売ることにも悪影響を与えました。


武田:この仕事を始めたときも、まだ人見知りが残っていて、お米の営業をしなきゃいけないくせに、PRがへたくそだったんですよ。すごくいいものだっていう自信はあるんですけど、「買ってもらうために伝える」ことが苦手で。でも、あるとき出会ったお米屋さんに「自分が売るもの、好きだと思うものなんだったら、自分がそれを心底好きだって口に出せないと売れないよ。恥ずかしがったり、遠慮してたらだめだよ」と言われたんです。それがひとつの転機になりましたね。たしかにそうだと思って、iPadでプレゼンしてみたり、いろいろ工夫するようになったんです。そこから次第に、コミュニケーションがとれるようになっていきました。


そして武田さんの仕事におけるもうポイントが、目の前に立ちはだかった課題を「いかにおもしろく楽しんでしまうか」と考える柔軟性。そして、まずはネーミングから入る発想術だといいます。たとえば「トラ男」というネーミングは、「農業系男子」といった固定的なイメージにつながるものではなく、なおかつ渋谷にいるような若者たちが「トラ男っぽくね?」と口にできたり、子どもでも覚えやすいような短い言葉を突き詰めたりした結果なのだとか。


武田:いまは「47都道府県インターン」をやろうと思っています。うちの会社で、都道府県から1人ずつ大学生をインターンで雇い、夏休みに実家へ帰る際に課題として1カ月でトラ男を立ち上げてもらうというのを考えているんです。

ネーミング優先なんですよ。いつも頭の中には課題があるんですが、大切なのは「それらをどうおもしろく解決するか」ということなんです。「古民家がつぶされちゃう。維持費が高くて住む人がいない。それなら多くの人たちで支えるおもしろい仕組みを考えよう」「少子高齢化で農業をやる人が少なくなっている。若い人たちに農業に興味を持ってもらって、どうおもしろく後継者問題を解決しようか」。僕のモットーは学ぶ、楽しむ、喜ばせる。常にそこを考えてますね。


そして、刺激を得て、思いつきを得るために重要なのが、散歩なのだとか。


武田:趣味が散歩なんです。知らない街に降り立って、歩き回るのが好きなんですよね。たとえば東京の吉祥寺には、交差点が1100個ぐらいあるんですよ。ということは、行ったことのない道もたくさんある。角を曲がったら、「あ、知らない店ができてる」とか、「こんな奥には、こういう店があるんだ」って感じることができる。それが魅力的なんですよね。

東京が好きなのは、新しいものが多いから。自分が知らなかった、思いもつかなかったものがいっぱいあふれてるじゃないですか。それが楽しいんです。たとえばアイデアが思いつかないときは、美術館に行くと刺激をもらえて頭が回るし。だからドライブ、散歩、美術館は大好きです。外から刺激が勝手に入ってくるんで、いろいろ思いつくことができるんですよ。


秋田の魅力は、目に見えないものがいっぱいあること


140820kimihatsu_3.jpg新米の季節に向け、陽を浴びてすくすくと米が育っていく。


県内を日々奔走する武田さんに、秋田の現状、そして魅力を聞いてみました。


武田:トラ男を始めてから、秋田を元気にするには農業だけじゃだめだと気づいたんです。なぜならトラ男がカバーできるのは、「秋田を知ってもらって、来てもらう」というフェーズだから。でも秋田を元気にするには、「住んでもらう」というところをクリアしないと難しい。秋田県って人口減少率が日本1位で、何十年後には人口がゼロになるって試算が出ていて、その予兆がもう見えているんです。昨年12月から6月までの間にも1万人減っているので、これを繰り返していったら本当にゼロになる。だから、そうならないためにも「秋田に住む」ということをアピールしていかなきゃいけないと思っています。


武田さんはおっしゃいます。「秋田の魅力は、目に見えないものがいっぱいあることだ」と。情報、建物、便利な交通機関など、東京にあるようなものがないかわりに、人とのつながり、ゆったりとした時の流れ、おいしいもの、美しい景色など、心に訴えかけるものが多いということです。


武田:僕の地元にはマックもスタバもないし、携帯は圏外なところもあるし。でも、それが逆に僕は好き。都会の疲れを秋田で癒やすっていう、デトックス効果があるんです。温泉はたくさんあるし、野菜を近所の人がくれたりするし、あとお酒がうまいでしょ、美人が多いでしょ、食べ物がうまいでしょ、祭りも多い。雪が降るから、冬のスポーツが好きな人は雪山を滑ってから仕事をしてもいいし、仕事終わりに温泉に行ったりもできる。生活的な豊かさがあるんです。


武田さんは東京からお客さんが来たときに秋田を案内することも多く、2泊する時間があれば、「山コース」と「海コース」に分けて連れていくのだとか。


武田:良いところがたくさんあるのに、1つずつの見どころがつながっていない気がするんです。それがもったいないと思うので、僕がガイドしているんです。僕は全県的に走り回ってるんで、時間やニーズに合わせてきっと希望通りの場所を提案できます。たぶん、こんな人はなかなかいないですよ(笑)。どこへ行っても知り合いがいて、どこに行っても見るものがあったり泊まるところがあったり、食べるところがあったりして。


参考までに、武田さん流の「山コース」と「海コース」の一例を教えてもらいました。


【山コース】


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①角館:武家屋敷で歴史に触れる → ②田沢湖:たつこ像で記念写真、美容にご利益のある「御座石神社」、田沢湖共栄パレスにて「秋田犬」「比内地鶏」「秋田蕗」の見学 → ③乳頭温泉郷で温泉を堪能 → ④内陸縦貫鉄道に乗って景色を見ながら北上(女性の車掌さんによる観光アナウンスも面白い) → ⑤阿仁:100年続く「トラ男」のYUTAKAさんの棚田風景、マタギ文化に触れる → ⑥大館:比内地鶏親子丼、きりたんぽ鍋に舌鼓


【海コース】


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①能代:国道沿いで名物のババヘラアイス → ②三種町:釜谷浜 → ③大潟村:日本一低い山「大潟富士」 → ④男鹿半島:寒風山、なまはげ伝承館(なまはげが着れる、なまはげに会える)、入道崎 → ⑤男鹿総合観光案内所:巨大なまはげの前で記念写真 → ⑥五城目:ねこばり岩 → ⑦秋田市でお土産を買って帰宅


秋田と東京、どちらもあるからバランスがいい


現在は東京と秋田を行き来して働く武田さん。そのスタイルからみて、東京で働いている人はどう見えるのでしょうか?


武田:僕自身が東京でも働いていて感じるのは、「時間に追われていること」ですね。東京って便利だから、電車でもタクシーでも、歩いてもどこへでも行けるので、タイムスケジュールを詰め込めるじゃないですか。打ち合わせが1日5件あっても、移動を繰り返してこなせちゃうから詰められる。そのぶん、時間に追われる生活だなっていうことはすごく感じてます。

でも秋田では、たとえば「昼ごろ伺います」や「10時くらいに駅前で」といったように、どことなく時間に縛られていないような空気があります。秋田で打ち合わせをするときも、「10時ぐらいに駅前で」とか。でも、それでいいんです。東京だと絶対あり得ないですけど、ゆったりとしているんです。しかもネットに常に接続してるわけじゃない。東京にいると、スマホでメールチェックしたり情報収集したり、仕事場に行ってもネットにつながってなにかしていたりしますよね。でも秋田にいると、そんなに画面を見る時間がないんですよ。


そして武田さん自身は、両方があるからバランスがとれているのだとか。


武田:僕は、どっちもあるほうがいいんです。だから、将来的に秋田で暮らすことにしても、絶対東京には行く。いまは東京に住んでいますが、用事がなくても秋田に帰ってきているんです。そういう行き来がいいかなって。だから、ずっと東京には住めないですね。東京は仕事する場所、お金を稼ぐ場所っていう感じ。暮らすとなると秋田がいいかな。でも、秋田に帰ってきても、絶対また東京へ行きたくなるよな...みたいな。だから、あまり拠点をどうこうしようという意識はなくて、「どちらをベースにするか」という感覚ですね。


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先に触れた「47都道府県インターン制度」をはじめ、改装した古民家をベースに新規移住を体験できる会員制の「シェアビレッジ」事業も進めているところ。また、秋田に移住させた社員を武田さんがプロデュースし、「1年以内に彼女ができる」と公言する、世界初の「モテる会社」戦略も計画中。そして最重要課題として考えているのは、東京に「いつでも会える、買える、食べられる」場所としての「トラ男カフェ」をつくることなのだとか。

課題は山積みですが、それらが武田さんの原動力になっていることは確実。持ち前の「おもしろがる力」によって、目標はひとつひとつクリアされていくことでしょう。下記のサイト「キミハツ」内にある記事でも、「トラ男」の活動に精を出す武田さんの姿を見ることができます。


写真家・浅田政志さんが撮る「武田昌大さん」(トラ男)|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬

(印南敦史)
Photo by katsuuu 44,kanegen

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