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印南敦史  - ,,,  11:00 AM

出る杭は「打たれない」:日本で唯一の現代音楽ファゴット奏者、中川日出鷹がパリ留学で得たもの

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出る杭は「打たれない」:日本で唯一の現代音楽ファゴット奏者、中川日出鷹がパリ留学で得たもの

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数々のクリエイター、ビジネスリーダーたちの働き方を紹介する米Lifehackerの人気連載「HOW I WORK」。同じようにぼくたち日本版では、これまでにも自分らしい生き方・働き方を実践している人たちから、その行動力の源や過去の転機などを伺い、連載としてまとめています。

第12回目の取材相手は、ファゴット奏者の中川日出鷹さん。1987年京都府生まれ、現在26歳です。中学時代、ストラヴィンスキー『春の祭典』に衝撃を受けたことがきっかけで、演奏者の少ない木管楽器でもあるファゴットに出合います。京都市立芸術大学進学、パリ留学を経てプロになり、若手芸術家を支援する「京都芸術文化特別奨励制度」の奨励者にも認定されました。8月9日には京都コンサートホールでリサイタルを開くなど、現代音楽の演奏家としてのキャリアを積み上げています。以下のサイトでも、中川さんの音楽に対する価値観やファゴットへの情熱を感じられるはずです。


京都府 中川日出鷹さん ムービー編 ①|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬


ただでさえ現代音楽は難解なものとして見られがち。しかも、ファゴットを吹くプロの現代音楽家は日本では中川さんのみといわれています。その演奏には評価も高まりつつありますが、現在のような活躍の裏には、ストイックな姿勢はもちろん、価値観が大きく変わったパリ留学など、幾多の転機がありました。


ところで、ファゴットとは?


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ファゴットは、オーケストラ内では低音域を受け持つ木管楽器。ボーカルという細い金属の管の先端につけたリードに息を吹き込むと、独特な低音を生み出すという仕組み。高さは150センチ近くあり、長い管を二つ折りにしている構造のため、仮に伸ばすと全長は約260センチにもなる長い楽器です。木管でそれだけの長さがあるため、重量も2~3キロにも及びます。


『春の祭典』からすべてが始まった


子ども時代は妖怪が好きで、丸山応挙の幽霊画や葛飾北斎の妖怪画などに魅了され、能や狂言にも興味を持っていたという中川さん。やがて中学生になり「音楽をやってみたい」と思って吹奏楽部へ入ります。中学2年生のとき、テレビのクラシック番組でストラヴィンスキーの『春の祭典』を聴いて衝撃を受け、ファゴットの魅力にとりつかれることに。


『春の祭典』に感化された理由は、いまだによくわかりません。ただ、あるパートの和音が、小さいころから見てきた妖怪画や地獄絵図とリンクして、「これだ!」と思ったんです。うわべの美しさだけではなく、痛々しさ、悲しみ、怒りなども「美」という感覚につながる気がして。

吹奏楽部に入って、最初はトランペットを始めたんですね。でも、華やかで大きな音が出るトランペットは、音域もすごく高くて、あまり大きな声でしゃべらない自分の性格には合わないと感じた。いろいろ模索する中で、ファゴットという楽器に魅かれたのは、自分の声や性格に合ってるなと思ったから。おどけた音も出せるし、すごく甘く歌うような音も出せる、そんな幅の広さにも魅力を感じました。


毎日欠かさず両親を手伝い、真面目に勉強をし、中川さんは中学2年生の秋にようやくファゴット買ってもらいます。しかし、「音を聴いて憧れ、持ったこともなかったので、こんなに重くて疲れるとは思わなかった。失敗したな」と感じたのだとか。ですが、そこからは練習の日々。吹奏楽部の顧問に紹介された京都市交響楽団の先生にレッスンを受け、音楽の道を志すようになりますが、そこで大きな問題と直面することになります。


クラシックの世界では、幼少時から高名な先生に師事するのは当然のこと。音楽家としてやっていきたいなら、中学生から始めたのでは遅すぎるんです。事実、進学したかった京都市立音楽高校も、力不足で受験できなかった。ですから高校時代は、本当に朝から晩まで勉強と練習を続けました。授業の合間に早弁して、お昼休みは音楽室でピアノを弾き、誰とも交わることもなく。別に話す友だちがいなかったわけじゃないんですけど、興味がなかったんですね。勉強も、時間がもったいないから授業中に全部おぼえるっていう感じでした。そして帰ったら10時ごろまでファゴットの練習をして、ピアノの練習をして、12時くらいまで学校の勉強をして、2時まで音楽の勉強をして...というサイクルを365日、3年間繰り返したんです。あのときが一番、人生でがんばったんじゃないかなって思います(笑)。


努力のかいあって、京都市立芸術大学に現役合格。この時期に、現代音楽に興味を持ちはじめ、22歳から2年半はパリへ留学をします。「フランス音楽は好きでしたし、パリは現代音楽の発信地だったから」という理由だったそうですが、結果的にこの留学が中川さんに大きな気付きをもたらすことになります。


パリ留学で得たもの


僕はパリに行って「日本って素晴らしいんだ」というのがわかったんです。というのも、僕の中にある音楽は五線譜で表せるものじゃないって気づけたからです。日本の伝統音楽には、五線譜に書けない音がたくさんあります。「ド」と「ドのシャープ」の間と言いたくなるくらい微妙な音や、たとえば尺八の「ふっ」という息の音もそうです。でも、その音にわれわれはすごく自然の感覚だったりとか、命が宿ってるとか感じたりするんですけど、それを五線譜に「ソ」なんて書いたところで、表現できないんですよね。

この「表現できない感覚」は何なのだろうと、ずっと心にひっかかっていたんです。振り返ってみると、幼稚園生の頃からあった「妖怪や幽霊の世界が好き」というのが根底にあって始まり、けれども表現するアウトプットの仕方がわからずにいて、その手段が音楽なのではないかと気づけたのが高校、大学時代でした。そして、それが現代音楽なのだとわかり、僕が「日本人であること」を特に意識して音楽を作っているのが今とつながっていくんですね。


他にも、パリ留学は中川さんにさまざまな変化をもたらしたといいます。中でも大きかったのは、「出る杭は打たれる」という感覚についての日仏の相違点でした。


日本人の感覚だと「出る杭は打たれる」んですが、フランスでは、出なかったら「いなかった」ことにされるんです。僕は最初、「君はどう思うの?」って聞かれても、日本人的な感覚が根底にあるものだから明確に答えようとしなかった。すると、だんだん聞かれなくなっちゃったんです。いないことにされちゃったわけですよね。ですから、そのあたりから気持ちが、「自分から言おうかな」という方向に変化していった。とにかく最初は、本当に物静かな日本人っていう感じだったんですけど、1年後には自分から物事を言えるようになってたんです。


その経験は、音楽家としてのスタンスにも影響があったといいます。


もしもパリ留学がなかったら、自分の音楽を探すことはなかったんじゃないかという気がしているんです。「自分はなにを伝えたくてこの音楽をやっているのか」ということを、日本ではあまり重要視してなかったわけですね。でも、いまは違います。モーツアルトやベートーヴェンのようになることは無理だけど、そんなことを目指すよりも、自分が言いたいことをはっきり言おうって思えるようになったんです。「この曲はこういう曲だと思います」と、ちゃんと提言するということ。「いや、それは違うんじゃないの?」って反論する人もいれば、「そうだと思う」って賛同してくれる人もいる。いままではそれがすごく怖かったんですけど、パリに行ってからは「自分は自分」という部分を出せるようになりましたね。


人生の局面で訪れた数々の転機


そんな中川さん、これまでの道のりを振り返ると数々の転機があったのだそうです。


まずは、ストラヴィンスキーの『春の祭典』に出会ったこと。ファゴットを始めたときに、「あなたはファゴットをやった方がいい」と推してくださった京都市交響楽団の先生。そして大学時代にかわいがってくれた作曲の先生は、今でもお付き合いがあって、僕のために曲を書きたいとも言ってくれています。

それから、パリのオペラ座のオーケストラ主席であるローラン・ルフェーヴルというファゴット奏者。この人からは、自分の音楽を持つということの重要性を教わりました。素晴らしい音楽家で、彼以上の演奏ができるファゴット奏者を僕は知りません。

もう1人はスイスで行われるルツェルン音楽祭で出会った、パスカル・ガロワという演奏者です。作曲家のルチアーノ・べリオが彼のために書いた『セクエンツァ』の演奏を聞いて、以前から会いたいと思っていました。吐きながら吸う「循環呼吸」という技術が得意な方で、『セクエンツァ』には20分近く息を吸うところがないんです。でも、彼に師事を受けられ、僕にも演奏できることがわかりました。今でもお付き合いがあります。


そしてパリで知り合った作曲家の坂田直樹さんが、中川さんのためにつくった『Antenna』という曲も大きな転機になったといいます。



SoundCloudに上げているその曲を、「日本にもパスカル・ガロワのような現代音楽を専門とするファゴット奏者がいる」と伝えたくて、作曲家の藤倉大さんにメールで送ったことがありました。藤倉大さんはパスカル・ガロワのために曲を書かれたりしていたんですね。僕は彼のように特殊な演奏方法が出来るということを証明したくて、自分の演奏会に藤倉さんが来てくれればいいんですけど、それはたぶん難しいから、自分でネットっていうツールを使って送ったんです。1回目は反応がありませんでしたが、そのあと突然、「君の演奏聞いたぞ。なんだこれは、すごいじゃないか」みたいなメッセージが来たんですね。


誰もできなかった曲をわずか3日で


そんな藤倉大さんとの出会いは、結果的に中川さんにとっての重要な実積を生み出すことになります。


藤倉さんの作品には、『Calling』というファゴットの曲があるんですが、すごく難しくて、演奏するはずだったオーケストラのファゴット奏者の方は、何か月もかけても上手く演奏できなかった。そこで藤倉さんから、「君、できる?」って声をかけてもらったんです。最初で最後のチャンスだと思ったので、3日で練習して、3日で録音して送りました。すると満足していただけて、「こんなに高いクオリティでできるなら、演奏会に出てほしい」ということで、おつき合いが始まったんです。



そうして実積を積み重ねてきた中川さんですが、次世代のファゴット奏者にはどんなことを伝えたいでしょうか?


僕は今ファゴットを教えてもいるのですが、生徒には「ファゴットで音楽学校を受験したい」という子もいますし、吹奏楽で吹いている学生もいますし、アマチュアでやっている大人の方もいらっしゃる。それぞれ立場も考え方も違うので、一概には言えません。でも伝えたいことがあるとすれば、「気持ちさえあれば、なんでもできるよ」っていうことです。それはファゴット奏者だけじゃなくてなんでもそうですけど、自分でリミットを絶対につくっちゃいけない。「できない」「難しい」とはできるだけ言わないことです。なぜなら、なんだって難しいですからね。でも、そこに気持ちがあれば、なんでもできるということです。


中川さんの演奏は、イギリスのMinabel Recordsというクラシック・レーベルから配信されることになり、現在レコーディングを進めている最中なのだとか。しかし、「売るというより、知ってもらうことが優先」だと考えているそうです。学ぶことはこれからも多く、それらを高い水準で演奏をするため、奨学金を利用して近々ドイツに留学するのだといいます。ご本人にとってはこれからが正念場。下記のサイト「キミハツ」内にある動画でも、中川さんのファゴットに対する情熱、そしてストイックな姿勢を垣間見られるはずです。ぜひ、あわせてご覧ください。


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京都府 中川日出鷹さん ムービー編 ①|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬

(印南敦史)

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