• GIZMODO
  • DIGIDAY
  • gene
  • cafeglobe
  • MYLOHAS
  • Glitty
  • machi-ya
  • roomie
  • GIZMODO
  • DIGIDAY
  • gene
  • cafeglobe
  • MYLOHAS
  • Glitty
  • machi-ya
  • roomie

ライフハッカー編集部ライフハッカー編集部  - ,,,  11:00 AM

「臨機応変」こそが最大の能力:富山から世界へ!鋳物メーカー・能作の若き職人が大切にする考え方

Sponsored

「臨機応変」こそが最大の能力:富山から世界へ!鋳物メーカー・能作の若き職人が大切にする考え方

140730kimihatsu_1.jpg


数々のクリエイター、ビジネスリーダーたちの働き方を紹介する米Lifehackerの人気連載「HOW I WORK」。同じようにぼくたち日本版では、これまでにも自分らしい生き方・働き方を実践している人たちから、その行動力の源や過去の転機などを伺い、連載としてまとめています。

第11回目の取材相手は、日本の銅器生産量95%を占める富山県高岡市にある鋳物メーカー「株式会社能作」の職人である谷口英寛さん。鳥取県に生まれ育ち、高校卒業後はニュージーランドの大学に留学。前職の万年筆づくりなどいくつかの仕事を経て、能作にたどり着いたというキャリアの持ち主です。以下のサイトでも、谷口さんをはじめ、能作で働く職人たちの働きぶり、そしてものづくりへの真摯な気持ちを感じることができるはずです。


富山県 小谷真弘さん 高野亮太さん 谷口英寛さん 新夛謙三さん ムービー編 ①|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬


夏場は暑く冬場は寒い、過酷な環境。それでも谷口さんをやる気にさせているものは、ものづくりへの熱い情熱、そして大きなやりがいだといいます。しかし、現在30歳の谷口さんがものづくりに携わるようになったのは28歳と、決して早いスタートとはいえませんでした。


「伝統」と「革新」を併せ持つ、富山のものづくり企業


能作は、仏具、花器、茶道具といった伝統工芸品だけでなく、テーブルウェアやホームアクセサリー、医療器具まで幅広く手がける鋳物メーカー。創業は大正5年(1916年)、以来98年の歳月を経てきました。真鍮でできた風鈴の大ヒット以降、パリでの国際見本市に出展して海外販路を広げる、デザイナーとコラボレーションした「曲がる器」が人気を博し、日本橋三越や阪急うめだに直営店を持つなど、既存の鋳物メーカーとは一線を画す存在感を見せています。


140730kimihatsu_5.jpg能作の代表作ともいえる真鍮の「風鈴」(左)。
独自の錫100%「一輪挿し」(右)は、抗菌性に優れ、水が腐りにくく、切り花が長持ちするという機能性も備える。


事業を拡大する一方で、機械を用いて大量生産するのではなく、職人の手仕事を大切にした「多品種少量生産体制」を崩しません。伝統的な鋳造法に加え、独自の「シリコン鋳造法」や、NC旋盤加工、3Dプリントといった工法を取り入れています。高岡の伝統産業に、さまざまな技術をかけ合わせることで、常に革新をはかっています。


140730kimihatsu_2.jpg現場では、若い世代の職人たちが手づくりで作業に勤しむ。


そして、技術の他にもうひとつ特徴的なのが、能作を支える職人たちの年齢が若いこと。ここで働く職人たちは20代や30代が7割を占めます。後継者問題に悩む企業が多い中、海外展開などの積極的な姿に惹かれ、毎月のように新たな人材が飛び込んでくるのだといいます。

社長である能作克治さんは、若い世代のアイデアや意見を尊重し、みんなで会社を創りあげたいという思いから、社員を「創業者の集団」と称します。だからこそ「新しいことにチャレンジしたい」「もっと会社を良くしたい」と、ひとりひとりが高いモチベーションを持って仕事に臨んでいるのです。


生きていくための最大の能力は「臨機応変」


140730kimihatsu_3.jpg能作で「仕上げ師」として働く谷口英寛さん


今回の取材では数人の職人さんとお話したのですが、中でもいちばん寡黙だったのが谷口さんでした。谷口さんが任されている仕事は、鋳物の仕上げ。製品は鋳造された段階では完全に成形されておらず、まだフチがとげとげしくなっている状態。その部分を、お客様に届けられる状態にまで滑らかに仕上げるための役割です。

黙っているときの、キリッとした隙のなさが印象的だった谷口さん。ところが能作にたどり着くまでの過程を聞いていくうちに、表情は柔らかく変わっていき、その考え方にも柔軟性があることがわかってきました。


「基本的にそのときにできることを楽しむ」っていうのが僕の信条なんです。生きていくことにおいて大切なのは、「いま、なにができるか」を状況に応じて判断することじゃないでしょうか。将来が不安だとか、そんなことを考えたって仕方ない。「不安だ」って不安なことを考えていても、答えなんか出るわけない。それを考えすぎている時間が無駄だから、それなら今できること、今のことを考えたらいいんじゃないかなと。だから僕は、「臨機応変」という考え方が、生きていくための最大の能力かなと思っています。


鳥取県に生まれ育った谷口さんは、4人兄弟の3番目。スポーツが大好きで活発な子で、中学校から大学まで続けたバスケットボールを通じ、協調性を学んだのだそうです。しかし、高校卒業後は大学受験に失敗し、初めての挫折を経験することに。とはいっても「落ちてしまったものは仕方がない」と前向きな浪人生活を送ります。

その前向きさは、予想外のところで発揮されることに。ニュージーランドの大学が奨学生を募集していることを知り、「留学すれば、いちばん苦手な英語を克服できる。自分のいちばん弱い部分は、いちばん伸びしろがあるともいえるから、そこを乗り越えたら、自分は大きく変われるかもしれない」と思ったというのです。

かくして受験してみたところ、見事に合格。ニュージーランドでの4年間の大学生活を通じ、英語の上達はもちろん、それまで表に立つタイプではなかったものの、自己主張をはっきりする文化にもまれたことで、人との接し方に関する価値観が大きく変わったのだとか。次第に「卒業後も残りたい」という気持ちが大きくなっていったそうですが、結果的には親の願いもあって、日本で一社だけ就職試験を受けたところ採用され、帰国する決心をします。


「28歳までにやりたい仕事を見つけよう」


帰国後は、大阪の建築会社、英語力を生かして東京・六本木のホテル、ニュージーランド時代に知り合った縁で映像製作会社と、いくつかの職業を経験します。その転職には、会社の経営難によるものもありましたが、もうひとつ明確な理由があったのだといいます。


年齢の問題です。社会に出てから仕事を変えてきたのは、「28歳までにやりたい仕事を見つけよう」と決めていたからなんです。30歳になったら、やりたい仕事で未来への展望を持てるような状態になっていたかったので。

でも、映像の会社を辞めるころには、ほぼデッドラインの27歳になっていたんです。自分にとっては、もうあとがない状態。そこで、小さいころからずっと心のどこかにあった「ものづくりの仕事をやってみたい」という気持ちにぶつかっていこうと思ったんです。そこで、手づくりのカスタムメイドをしている、故郷の鳥取にある万年筆メーカーの扉を叩きました。というのも、高校を卒業した記念に両親からプレゼントされた万年筆が、そのメーカーのものだったんですよね。


万年筆職人として、ものづくりのキャリアをスタート


28歳から修行を始めたわけですから、職人としては決して早いスタートとはいえないでしょう。懸命に取り組んだことが幸いし、約1年後には万年筆づくりをひとりでできるようになったのだといいます。


カスタムメイドの万年筆は、ペンを持つ位置、書く速さ、筆圧など、お客様ひとりひとりの書き癖に合わせ、サイズや重さを変えてつくるんです。2センチ角で、長さ30センチくらいの角材を丸棒にしていって、中に穴を空けて成型していく。ペン先も、ルーペで見ながら緻密に削って、1ミリ以下の調整をしていくんです。


谷口さんの技術は、まさに職人技そのもの。その仕事からは大きな充実感を得られたようです。


家族経営の会社でしたから、規模は大きくなかったんです。でも小さい会社だからこそ、お客さんと対面して、会話しながら希望どおりの万年筆を作りあげていくことができた。ひとりで受けてひとりでつくってお渡しするわけですから、究極のものづくりですよね。ですから、とてもやりがいがありました。


しかし万年筆の需要が年々減っていくなかで経営が悪化し、思いに反して2年半で辞めなくてはならないことになったというのですから、現実はなかなか厳しいものです。そのときの悔しさはまだ克服しきれていないそうですが、紆余曲折あったものの、最終的にはものづくりへの熱い思いが現在の仕事につながったのです。


仕事の大変さや苦しさを超える、最良の手段


140730kimihatsu_7.jpg最下段の棚に並ぶのが、錫の特徴であるやわらかさを生かした「曲がる器」。
金属製でありながら、手で曲げ伸ばしすることで、自分好みに変形できる。


こうしたプロセスを経て、現在の谷口さんは能作にたどりつきました。今は、ものづくりに全身で向かえる環境に大きなやりがいを感じているようです。


もちろん万年筆とはものが違いますけど、ものづくりという根本的な部分で共通点はあるので、前職の経験が活かせる部分も少なからずあります。まだまだ未熟ではありますけど、元来ものづくりが好きでしたから、自分のイメージどおり、きれいに仕上がったときは達成感がありますね。仕上げは終盤の仕事になるので、責任も大きいですし。

作業がうまくできないときに悔しくなることはありますが、でも、くじけそうになったことはないですね。なぜなら大変さとか苦しさは、経験を積み重ねていくことでしかクリアできないと考えているからです。つまり、教わったことを自分できちんと消化していくしかないし、それが最良の手段だということです。

やっぱり「欲しい」って言ってくれる人がいて、間に合わないほど忙しいというこの状況が本当にありがたいですし、信じられないぐらいのことで。それこそ残業してやったりとかもまったく苦ではないです。自分が今やっている作業、この仕上げひとつで、誰かが喜んでくれるのかなって想像しながら仕事をするのは、すごくやりがいがあって楽しいですね。


職人として成長していくことはもちろん、将来的には英語力を活かし、海外進出のために尽力したいと考えてもいるという谷口さん。ただしご自身のなかでの英語は、ものをつくるときの刃物や機械と同じように「ツールのひとつでしかない」とも。固執することなく、「使えるときがあれば使えばいい」という臨機応変さは、谷口さんの今後の仕事でも発揮されていくことでしょう。

下記のサイト「キミハツ」内にある動画でも、熱い情熱をクールに活用できる谷口さんの応用力を感じることができるはずです。ぜひ、あわせてご覧ください。


140730kimihatsu_8.jpg


富山県 小谷真弘さん 高野亮太さん 谷口英寛さん 新夛謙三さん ムービー編 ①|キミハツ -未来をハツラツにできるか。-|オロナミンC|大塚製薬

(印南敦史)

MORE FROM LIFEHACKER

powered by

Kotaku

Recommended

© mediagene Inc.