• GIZMODO
  • DIGIDAY
  • gene
  • cafeglobe
  • MYLOHAS
  • Glitty
  • machi-ya
  • roomie
  • GIZMODO
  • DIGIDAY
  • gene
  • cafeglobe
  • MYLOHAS
  • Glitty
  • machi-ya
  • roomie

itouitou  - ,  10:00 PM

5年以上1ドルも利益を上げなかった5つの成功企業

5年以上1ドルも利益を上げなかった5つの成功企業

140727successful.jpg


Inc.:今では大成功している企業も、最初から利益を上げていたわけではありません。ここで紹介する5つの企業は、創業から5年以上、1ドルも利益を計上しませんでした。


FedEx


フレデリック・スミス氏は、イェール大学在学中の1962年、経済学のレポートを書くときに「翌朝配達」のアイデアを思いつきました。スミス氏は、個人資産400万ドルと、投資家から集めた9000万ドルで、1971年に運送会社を設立、成功者への道を歩き始めました。

ところが、FedEx社は最初の離陸に失敗、破産の危機に陥りました。スミス氏はわずかに残っていた5000ドルを持ってラスベガスに飛び、ブラックジャックに賭けました。文字通り賭けは成功し、所持金は24000ドルまで増えました。これは、次の一週間、会社が生き延びるには十分なお金でした。

その後、スミス氏はさらに1100万ドルを獲得、経営資金としました。同社が初めて利益を出したのは1975年の7月のことでした。総収益は30億ドルに達していました。


Amazon


Amazon社の創業物語はすでにご存知かもしれません。ジェフ・ベゾス氏はウォール街で働いたあと、シアトルに移住、ガレージにこもってオンラインで本を売り始めました。1994年のことでした。1996年までに、Amazon社は1570万ドルの売上を達成、1997年には1億4780万ドルにまで達しました。言うまでもなく、世間の注目を集めました。

ところが、その後数年間、Amazonはうまくいっていないように見えました。1999年には収益が16億ドルもあったにもかかわらず、7億1900万ドルの損失を計上しました。翌年になっても事態は改善せず、何十億ドルもの投資を集めた同社が、「3億5000万ドルの現金しか手元にない」状態でした。

Amazon社は2003年にようやく利益を計上。創業から9年、株式公開から7年がたっていました。ベゾス氏は、同社の労働力の7分の1を解雇、いくつかの物流センターを閉鎖することによって、経営を改善させました。

Amazon社が初めて黒字化してから10年、同社が本当にお金を儲けているのかは議論の的です。例えば、2013年10月、NASDAQは「Amazonは本当に利益をあげられるのか?」という記事を発表しました。しかし、Amazon社の元社員で株主でもあるユージン・ウェイ氏は、「Amazon社は扱っているほとんどの品目で利益を上げており、収益性の高いモデルを持っている」と主張しています。


ターナー・ブロードキャスティング・システム


テッド・ターナー氏は、1970年にテレビ局「UHF channel 17」を買収してから、長い道のりを歩いてきました。その後の10年で、ターナー氏はアトランタ・ホークスとアトランタ・ブレーブス(ともに大リーグ球団)、スーパーステーション17を次々と買収しました。

1979年、ターナー氏は社名をターナー・コミュニケーション・グループから、ターナー・ブロードキャスティング・システムに変え、世界初のニュース専門チャネル「ケーブル・ニュース・ネットワーク(CNN)」を立ち上げました。CNNは、1980年6月1日に放送を開始すると、たちまち170万人の加入者を獲得、幸先の良いスタートを切りました。1982年、ターナー氏は「CNN2」を立ち上げ、1985年にはMGMエンターテイメントを15億ドルで合併、MGMが所有する映画を使ってたくさんのチャネルを立ち上げました。

ところが、この合併が経済負担となり、同社は、1991年まで利益を計上できませんでした。そんなCNNにとって、「砂の嵐作戦」が転機となりました。同社は湾岸戦争を放送することで、世界で10億人の視聴者を獲得。1996年、ターナー・ブロードキャスティング社はタイムワーナー社と合併、2010年には収益が74億ドルに達しました。


ESPN


1978年、ビル、スコットのラスムッセン親子とエトナ保険の代理人エド・イーガン氏は、スポーツ専門ネットワークをつくるためにタッグを組みました。そして、1979年、9月7日の午後7時、ESPN社の最初の番組「スポーツセンター」が放送を開始しました。

ESPN社にもドラマがあります。1980年、ビル・ラスムッセン氏は同社の意思決定からはずれ、1981年に取締役会から完全に去りました。それが彼の意思だったのか、強制されたものなのかは不明です。わかっているのは、同社がかなりのお金を失ったことです。

米大手ビール製造会社アンハイザー・ブッシュ社の副社長、マイケル・ローティー氏が、ESPN社の救済に乗り出しました。1994年、ローティー氏はセントルイス・ポストディスパッチ紙に対し、「私たちはESPN社に100万ドルを提供した。もしそうしなければ、彼らは破綻していたはずだ」と語りました。翌年、アンハイザー・ブッシュ社はESPN社にさらに500万ドルを提供。1980年代中盤になって、ESPN社はようやく黒字に転じました。現在、ESPN社は最大のスポーツチャネルになり、2013年には110億ドルの収益を上げています。


テスラモーターズ


テスラモーターズ社も数奇な道をたどりました。同社のアイデアはシンプルでした。「世界で最初の電気スポーツカーをつくる」です。テスラ社は2003年、マーティン・エーベルハルト氏とマーク・ターペニング氏により創設されました。

一年後、イーロン・マスク氏がこのシリコンバレーで最初の自動車会社に投資を行い、代表に就任。2009年、テスラ社は米国エネルギー省から4億6500万ドルの融資を受け、翌年に株式を公開しました。

しかし、テスラ社が初めて利益を計上したのは、創業から10年たった2013年のことでした。ワイアード誌は、「2013年の第1四半期で、テスラ社は5億6200万ドルの売上高を記録した。売上の80%は同四半期に4900台のモデルSを販売したことによる」と報じています。収益の一部には製造コストの削減も寄与しますが、メルセデス・ベンツ社の「Bクラス・エレクトリック」やトヨタ社の「RAV4EV」への開発サービス販売からも収益をあげました。

その後、利益は減りましたが、テスラ社の未来には明るい光が差しています。フォーブス誌が、2014年の第1四半期にはテスラ社の収益は6億2050万ドルに増えると報告しています。さらに、リサーチアナリストのアダム·ジョナス氏は、「モデルSの発売から2年もたたずに、テスラ社は創業間もないスタートアップから、世界でもっとも重要な自動車会社になった。また、テスラ社は米国のハイテク産業育成政策における象徴的存在でもある」と語っています。

テスラ社は、FedEx、Amazon、ターナーブロードキャスト、ESPNのような実績はまだ残していませんが、革命的な自動車メーカーになるのは間違いないでしょう。


5 Successful Companies That Didn't Make a Dollar for 5 Years|Inc.

Drew Hendricks(訳:伊藤貴之)
Photo by Shutterstock.

MORE FROM LIFEHACKER

powered by
  • イーロン・マスクの野望 未来を変える天才経営者
  • 竹内一正|朝日新聞出版

Kotaku

Recommended

© mediagene Inc.