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印南敦史  - ,,,,,,  11:00 AM

できる場所で、できることをやる強さ:アンテナショップを軸に福岡・八女市の活性化を担うクリエイターの転機

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できる場所で、できることをやる強さ:アンテナショップを軸に福岡・八女市の活性化を担うクリエイターの転機

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あたらしい場所であたらしい仕事をするとき、なにを基準に行動すればいいのでしょうか。イノベーションを起こすためには、どんなスキルや経験が必要なのでしょうか。それらを知りたいのなら、試行錯誤しながら行動する人に聞いてみるのが一番です

数々のクリエイター、ビジネスリーダーたちの働き方を紹介する米Lifehackerの人気連載「HOW I WORK」も好評ですが、同じようにぼくたち日本版では、自分らしい生き方・働き方を実践している人たちに会いに行こうと思いました。

第5回の取材相手は、福岡県八女市で「うなぎの寝床」というアンテナショップを運営する白水高広(しらみずたかひろ)さん。白水さんは1985年生まれ、現在28歳。衣食住を問わず、筑後地方・九州のものづくりを中心とした、「作り手」と「使い手」をつなぐ場所としてショップを機能させています。また、「地域に住んでいるからこそ発信できる情報がある」という考え方に基づき、筑後地方の観光や文化に関する情報の発信・蓄積にも積極的に取り組んでいます。以下のサイトでも、白水さん流の地域活性化におけるヒントが見えてきます。


福岡県 白水高広さん ムービー編 ①|キミハツ -未来をハツラツにできるか。


とはいえ、現在のアンテナショップの形も、明確な道筋を決めていたわけではなく、その時点でできることに尽力してきた結果、軌道に乗ったといえるようです。しかも、まだその取り組みは完結していないといいます。


好奇心を軸に、建築からデザインへ


白水さんは佐賀県生まれ。大分大学工学部建築学科で建築を学びます。建築のみならず、行動心理学を自発的に調べるなど、興味の湧くことに没頭。その時の学びが、現在のアンテナショップ運営にまでつながる基礎になっているといいます。

大学3年生のときに、現在の事業パートナーである春口丞悟(はるぐちしょうご)さんと知り合いました。宮崎の大学の機械科を卒業した春口さんが大分大学の建築学科に編入してきたことから、ともに設計などに携わるようになりました。そんな中、建築のみならずパッケージやプロダクトデザインにも興味が湧いてきたため、白水さん卒業後、福岡のデザイン専門学校に入学します。

専門学校へ通ったのは3カ月だけでしたが、その後に春口さん、そしてもうひとりの友人との3人でデザインの仕事を開始。請け負った焼肉のタレのパッケージデザインが話題を呼び、西日本新聞に取り上げられることになります。でも、それが結果的に大きなチャンスにつながることになろうとは、その時点では考えてもいませんでした。


「九州ちくご元気計画」で活躍


西日本新聞の記事を見た県庁の方から、「新しいプロジェクトを立ち上げるので、一緒にやらないか?」と声をかけてもらったことが、白水さんの転機になります。「筑後地域で人を育て、商品を育て、企業を育て、地域を育てる」という目的を持った「九州ちくご元気計画」という厚生労働省の人材育成事業に参加したことから、可能性は大きく広がっていきました。

プロジェクトの目的は、筑後に多くの雇用を生み出すこと。農業、工業、商業などさまざまな領域において、地域でがんばっている人を応援し、ビジネスを成功させ、雇用創出につなげようというものです。白水さんと春口さんは筑後地域雇用創造協議会という団体のメンバーとなり、3年間の任期中、デザインチームとして活躍することになります。


芽生えたのは、地元の活性化に対する意識


在籍時には、デザインのみならず、企画、商品開発、ブランディング、ネーミング、イベントの立ち上げ、流通システムの構築など、さまざまな領域で才能を発揮。例えば、「梨や桃を使ったドライフルーツ」の案件では、農家の要望を聞いたうえで協力して商品を開発。イベントの企画やメディアへの呼びかけ、販路の確保までを行ったそう。その結果、砂糖漬けにする一般的なドライフルーツとちがい、採れたての果実から作る珍しいものを生み出せたのだそう。

このように、春口さんとともに70もの案件を手がけ、その過程で農家、海苔師、魚屋、仕立屋など、地元で働く方々とのコネクションも広がっていったといいます。ところが3年の任期を終えてみると、「これから何をしようか...」という大きな壁に直面。在籍時から個人事業としてチラシのデザインやウェブサイト制作などを行っていましたが、「これからもデザインだけでやっていくのか、またどこかの組織に入って何かをするか」と白水さんは模索します。

そんな時に頭をよぎったのは、手がけてきた案件の過程で感じた、ある疑問だったといいます。


地元の特産品を地元で買えないという矛盾


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筑後の製品を販売するための販路開拓を、福岡と東京でずっとやってきたんです。その結果、福岡と東京に販売できる場所は確保できたんですが、その一方、この筑後地方で実際に作られたものが、この地方で買えないという事実にもぶつかったんです。「それも変な話だな」って、販路開拓をしながら感じていたので、その部分をなんとかしたいという思いがどんどん大きくなっていったわけです。

それから、世の中にはものがあふれているので、「ちゃんとしたものだけ売って、修理も受け付けて、ものを大量に作らずとも回していけるような仕組みを作りたい」と春口とよく話をしていました。その結果が、桶やイスの修理、刃物の研ぎ直しも仕事として受けるようになったので、その思いの一部は形になってるのかなっていう気はしています。


その思いが筑後地方のアンテナショップとなる「うなぎの寝床」の運営につながっていきます。ちなみに名前の由来は建物から。間口が狭く奥行きが深い、伝統的な町家を活用しているのです。とはいえ、白水さんと春口さんは必ずしも「小売業」がしたかったわけではないのだそう。


小売業をやりたかったというよりも、「地域に地元の優れたものを発信するためのアンテナショップのような『機能』が必要なのではないだろうか」と思ったんです。だとすれば、そのためにはモノを売らなければならず、自然な流れとして小売業という業態につながっていったという感じです。つまり、小売業をやろうと決めたのは、「うなぎの寝床」をやろうと決めてからなんです。なので、それは必然的なきっかけだったのかもしれませんね。


「地方」という切り口で商品を販売する


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「うなぎの寝床」では、白水さんがデザイン・企画・情報発信、春口さんが資金のとりまとめなどを目的に店長とバイヤーを担当しています。扱う品物は食器や包丁をはじめとした台所用品、ドライフルーツなどの食品、石鹸といった生活雑貨までさまざま。デザイン性の高い"もんぺ"を「日本のジーンズ」と再定義し、展開しているのもユニークです。


小売店の業態というものは、たとえば自然食品のお店とか、服屋とか、業種ごとに分かれていると思うんですが、「地方」という切り口でものを集めるっていうのはあんまりないと思うんですよ。だからこそショールーム兼アンテナショップ的な場所が必要だと思っていたので、「九州ちくご元気計画」の3年の任期が終わったところで、自分たちでやってみようかと「うなぎの寝床」を1年半前の7月にオープンしたんです。

受託ではなく自らが企画し、作ったものを市場へ投げていく、いわゆる「プロダクトアウト」を意識しています。既存の流通のシステムに乗せなくても、町の人たちが売りやすいようなコンテンツをちゃんと入れ込んでいくことですね。100人中60人が買わんといけんものを作らんといけんってなったら、やっぱりマーケティングとか大きい調査をして、60人が欲しいと言うものを作るのが合理的。たぶんあんまり面白いものはできんけど、ちゃんと売れると思うんですね。でも、僕らはそうじゃないものを出していきたい。いま少数の規模だったら、それができるかなって。


いま関係していることを、よりよくしていく


でも、目的がここで完結したわけではないといいます。


これからどう進んでいくべきなのか、いまもまだわからないです。そのときやろうと思ったこととか、「やれるかな?」と感じたことをやり続けている感じなので。別にデザイン業にこだわるつもりもないですし、小売業をずっとやっていかなければいけないとも思っていませんし。

大切なのは、「いま関係していることを、よりよくしていくためにはどうしていくべきか」ということだと思っています。そんな中にデザインという業態、あるいは小売業があるわけですが、それだけではない何かもある気がしています。


求められはじめた「観光案内所」の要素


白水さんの言う「それだけではない何か」のひとつに「観光」があります。アンテナショップを通じてさまざまな人が訪れるようになったことが、きっかけなのだとか。


遠くから多くの方に来てもらえるようになったのですが、その結果、「うなぎの寝床」に観光案内所的な要素が求められるようになってきたんです。「宿を紹介してくれ」とか、「お店を紹介してくれ」などのリクエストが増えてきたんですね。例えば、岩戸山古墳とかの古墳群がこっちにはあったりしますけど、そういう見るところや泊まるところ、雑誌にもガイド本にも載ってないところって結構あるんですよね。農家民泊とか。

ですからそういう方のために「うなぎの寝床」のウェブを作り替えて、ウェブ内で宿やいろいろなお店を紹介したりしていこうかな、と思ってもいるんです。


やらなきゃいけないと感じたことを、ひとつずつやっていく


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「うなぎの寝床」が進む姿、そして求められている姿は変わっていきますが、白水さん自身に目を向けると、基礎になる「考え方」と「場所」を据えた上で、その変化に対応しているようです。


大学で学んだ建築の考え方は、すごく基礎になっています。「ここはこういう場所にする」っていうのを決めて大きくしていく、アイデアを拡大させていくという感じのやり方ですね。建築って良くも悪くも、コンセプトをしっかり練って、そこから曲げずにいくという進め方がある。その訓練をしたっていうのが、いま自分にとって一番大きいのかなと思います。

「ある環境に置かれたところで一生懸命頑張る」っていう、もうそれしかやってないんですよ。高校まではサッカーを一生懸命やったし、大学4年間は建築を一生懸命やりましたし、事業を始めたら役割をしっかりやる。そういう感じで、結構その場、その場で考えてやるっていうことを基本に置いているつもりではいます。


そして、白水さんが考えているのは、自分自身が地域ですべきことはいくらでもあるということ。


社会的に自分たちがやれて、なおかつちゃんと食べていけること、そしてここで自分がやらなきゃいけないと感じたことを、ひとつずつやっている感じです。逆に都会に行ったら、僕よりも能力が高い人もたくさんいらっしゃるし、それぞれの専門分野でプロの方がたくさんいる。そこでは太刀打ちできんと思うし、でも僕は事業の経験があって、デザインや写真なども幅広くやれるので、この地でその能力を活かしたいと思うんですね。


アンテナショップで能力を活かしながらも、そこだけに執着せず、さまざまな取り組みを試みている白水さん。大きなポイントは、「無理をしすぎず、できることに最大限に取り組む」ということだと感じました。これからもきっと、そんな姿勢を崩すことなく新たな展開を見せてくれることでしょう。

下記のサイト『キミハツ』内にある動画では、白水さんの活動や思いを知ることができます。ぜひ、あわせてご覧ください。


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福岡県 白水高広さん ムービー編 ①|キミハツ -未来をハツラツにできるか。

(印南敦史)

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