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ライフハッカー編集部  -   09:30 PM

テクノロジー好きの作家が、文章を「手書き」にするワケ

テクノロジー好きの作家が、文章を「手書き」にするワケ

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以前の記事でまとめたように、文章を書く時にもっとも大事なのは「集中力が維持できるかどうか」です。著者である作家のPatrick McLean氏は大のテクノロジー好きですが、執筆作業にパソコンは使わず、手書きで行うようにしたそうです。


テクノロジーは友達? それとも、友達のふりをしているだけ?

私はテクノロジーが好きです。いや、「大好き」と言っていいでしょう。ただ、テクノロジーが私をどう思っているかはよくわかりません。忠実な友達、気の合う仲間かもしれませんが、友達のふりをしているだけかも。文章を書く場合は、なおさらその可能性があります。

私は現在、本を執筆中です。その中ではロマンチックなことも書いていますし、素敵な仕事だと思う人もいるかもしれませんが、そもそも「執筆」というのは、とにかく文章を積み上げていくという地道な作業です。すでに7万5000~10万語ほど書きましたが、最初の5万語を書き終えた時点で、初稿(最初に書いた原稿)が一番難しいと確信しました。これは有名な話ですが、かのヘミングウェイですら、初稿はどれも見せられたものではないと言ったそうです。そして、私も同じ意見です。

では、この最大の難関を切り抜けるには、いったいどうすれば良いのでしょう?


自分でも驚きですが、もっとも簡単な方法は、キーボードを叩くのではなく、手で書くことだとわかりました。手書きのラフな字で、流れるようにすらすらとページを埋めていくのです。ペンと紙を用意して椅子に座ったとたん、言葉がほとばしるように出てきます。手書きのほうがタイピングよりも速いことが多いし、うまく書ける気がします。

誤解しないでほしいのですが、私はブラインドタッチでタイピングできます。それもかなり速く。キーボードが薄いノートパソコンでタイピングする時なんて猛スピードです。優れたピアニストであるグレン・グールド氏も顔負けでしょう(グールド氏は過激な人で、バッハの曲をもっと速く弾けるように、自分のピアノを改造して、ごく小さな動きでも鍵盤が反応するようにしました。あっぱれだけど、ちょっとクレージーですね)。

話を戻しましょう。タイピングよりも手書きのほうが優れている点は、先ほど話したことだけではありません。

執筆も含めた創作活動には集中力が必要であり、創作中はほかの作業ができません。そして、テクノロジーは人の気を散らせます(私はテクノロジー大好き人間ですが...)。

しかし、ペンと紙の機能はただひとつ、「記録して、あとで見られるようにする」ことです。音楽を再生したり、チャットやインスタントメッセージが邪魔することはありません。充電の必要はないし、クラッシュせず、アップグレードも不要。後ろを向いている隙に、コーヒーショップで引ったくられる心配もないでしょう。

たしかに、紙は劣化します。でも、その劣化は予測できます。国立公文書記録管理局(NARA)に行けば、793年前に手で書かれたマグナ・カルタのコピーを読むことができます。フォーマットやバージョンの問題はありません。マグナ・カルタは英語で「Great Paper」(偉大な紙)ともいうので、まさにこの文章にふさわしい例といえるでしょう。

一方、データは、あらゆるかたちで気まぐれにトラブルを起こします。ハードディスクもクラッシュします。「デジタルファイルなら、何もしなくても、使える状態で500年間保管できますよ!」。こんなことを言うIT関係者がいたら、嘘をついていると思ってください。私が間違っているって? そう思うなら、『WordStar』と『AppleWorks』で作成した文書をメールで送ってみてください。5.25インチのフロッピーディスクから取り出す方法がわかればですけれど。

もっとも、「手書きは時代を超えて残る」という利点は、もっと内面的な問題と比べたら小さなものです。その問題とは、「私たちの考えを、美しいけれども不正確な道具である言葉で、クリアにまとめて伝える時の苦しみ」です(米国の思想家・詩人であるラルフ・ワルド・エマーソンの言葉をシンプルに表現すると、こういうことです)。そして、そうした苦しみの中でこそ、手書きの美点や力を見いだせると私は思うのです。

ある意味で「書くこと」は、ゴルフボールを打つようなものです。ページもボールも、何もしなければそのままでしょう? 私には、それがよくわかっています(大工が自分の巻き尺についてよく知っているように、直感的にわかるのです)。けれど、わかっているだけで解決にはなりません。要するに「まずは書き留めないと何もはじまらない」ということです。

文章を書く時は、満足のいくデキになるまで書き直す時間がいくらでもあります(理屈のうえでは、死ぬまで時間があります)。けれども、書き直しをする時には、脳の「批判的な部分」がフル稼働してしまいます。勢いづいて、すべてを台無しにしかねません。脳のこの部分には、何であれ、批判の対象が必要なのです(それが仕事なのですから)。けれども、批判はクリエイティブではありません。批判しようと思えば何だって可能です。自分自身がどんなにバカげた存在でも、自分は正しいと思える根拠を見つけることができるのです。ためしに、シェークスピアの『ハムレット』の全場面を、Microsoft Office Wordの文章校正機能にかけてみてください。

そして、私の脳の「批判的な部分」は今、これはひどい文章だと批判しています。このエッセイで、「批判的な部分」を擬人化しているやり方も良くない、と言っています。それに、「批判的」という言葉をスペルミスしている、と。それに、「それに」で始まる文が続いているじゃないか、と。

けれども、これが手書きだと違ってくるのです。たぶん、私の「批判的な脳」は、文章の内容よりも、私の下手くそな字をせっせとこき下ろすからでしょう。私の脳は、「話にならないほど下手な字だ」と言い放ち、自分は正しいと思って満足します。でも、こちらはそんなことは気になりません。脳が忙しく批判している間も、言葉がすごい勢いであふれ出します。勢いが止まるまで、口出しはされません。あふれ出た言葉は、欠陥はあるかもしれませんが、純粋です。こうした文には、タイプした文字にはない、荒削りな魅力があります。あるいは、キーボードを使うと、私の頭は「努力がいらない状態」になることが原因かもしれません。いずれにしても私は、手書きのほうが簡単に「ハイになれる」のです。

手書きのほうがうまく書けるという考えにまだ納得できないなら、こう考えてみてください。20世紀まで、本は手書きで書かれていました。歴史上の良書は、すべて手書きだったと言えるでしょう。今では、本を書くのもかなり簡単になりました。でも、テクノロジーの力が増した分、本の質も上がったと言えますか?

私には言えません。手で書くのに忙しいですから。


Patrick E. McLean(原文/訳:矢倉美登里、合原弘子/ガリレオ)
Photo by pedrosimoes7.

  • ,,,,, - By

    香川博人

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